私はお昼前に家に帰った。
「ただいま、帰りました。」
「お帰りなさいませ。」
「ちょうど、すべて終わったところですので、もしよければ、ご確認をお願いします。」
「そうですか、わかりました。」
私はリビングのテーブルに本を置き、彼女についていった。お掃除をお願いした箇所は完璧だ。私のように丸く掃くなんてことはないし、水回りの水垢もない。綺麗なもんだ。
「すごいですね。」
「いかがでしょうか?」
「ありがとうございます。毎週金曜日が楽しみだな。」
「そう言って頂けるとうれしいです。」
私は彼女が用意した書類にサインをした。料金はこのあと、振り込むことになっている。毎週1万円でこの綺麗さだ。費用対効果抜群だろう。若い人だから多少の不安があったが、そんな不安は吹き飛んでしまった。斎藤さんの仕事は完璧だ。さすがプロなんだなと思った。おかげでこの週末は気分よく過ごせる。この1万円は有意義だ。
トイレはめちゃ綺麗なんで、使うのがもったいないくらいだ。お風呂は、水垢のないカガミがいい感じだ。蛇口もピカピカで感動さえ覚える。台所は使ったコップや食器を洗う程度しか使っていなかったが、これまた綺麗で最高だ。部屋の隅にも埃ひとつ落ちていないので、気分がいい。ほっておいたら、私の毛が散乱しているところだ。私は私なりに、使ったところをふき取ってはいたが、こんなに綺麗になることはない。
「おはようございます、クリーニングサービスの斎藤です。」
「お待ちしていました。今日もよろしくお願いします。」
「承知しました。」
二回目の掃除の日、私はパソコンでの作業があったので、リビングで作業をしていた。斎藤さんは各箇所を掃除してくれているようだ。リビングの掃除の時だけ、移動したが、あとはのんびり作業ができた。
「あの、よろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
「今日は、早めに作業が終わったので、お茶でもお入れしましょうか?」
「そうなんですか?じゃ、一緒にコーヒーでもいかがですか?」
「ありがとうございます。」
私はコーヒーの場所を教えて、淹れてもらった。すでに挽いてあるコーヒーなので、お湯を注ぐだけだ。
「高木様、これはもしかすると、ブルーマウンテンでしょうか?」
それは、たまたま知り合いのお店から多少値引いてもらったブルマンだった。
「そうですよ。」
「すっごくいい香りですね。」
「たまの贅沢ですよ。」
「私も頂いていいんでしょうか?」
「全然。ひとりより、ふたりの方がおいしいでしょ。」
「ありがとうございます。」
コーヒーを淹れてもらって、ブルマンを味わいながら、聞いてみた。
「斎藤さんは、まだお若いのに仕事はプロですね。」
「入社した時に、徹底的に仕込まれるんです。ですから、誰でも同じようにできます。」
「そうなんですか?」
「はい。」
「あの、私も聞いていいですか?」
「どうぞ。」
「高木様は、今日は在宅勤務ですか?」
「いえ、会社勤めはしてないんですよ。」
「では、何を?」
「自営業だったんですが、それもやめて、今は無職です。」
「えっ、でも、それでは、毎週、私どもにお支払いできるんですか?」
「心配ないですよ。なんとかやっていけますから。」
「あっ、ごめんなさい。立ち入っちゃいけなかったですね。」
「構いませんよ。」
その程度な話だったけど、楽しい時間を過ごせた。掃除が早く終われば、こんな時間を持ってもらえるとわかると、なんだか楽しくなってきた。毎週金曜が待ち遠しい感じだ。私は毎週、その時間を楽しみに過ごしていた。ある日、クリーニングサービスの営業マンがやってきた。
「どうしたんですか?」
「少しお話をお伺いできないかと思いまして。」
「ああ、いいですよ。上がって下さい。」
どうやら、斎藤さんの仕事について聞きにきたみたいだった。
「いかがでしょうか?弊社の斎藤の仕事は?」
「さすが、プロって感じですよ。」
「不満とか、ございませんか?」
「全然、問題ないです。」
「そうですか、よかったです。実は・・・」
「はい。」
「次回からは斎藤ではなく、田中というものに交代になります。」
「えっ?」
そんな、あまりに急過ぎだ。
(つづく)
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