2021年09月18日

短編小説 「一仁の場合」 第3話

 約束の場所に着くと、彼女は来ていた。

「私もちょうど今、来たところです。」

「今日は本当にすみません。」

「いえいえ、私の命の恩人ですから。」

そりゃ、大袈裟だろ。だけど、彼女の服装はオレと大違いだ。どんな高級な料理店でも、入っていけそうだ。それに引き換え、オレの服装は、大衆食堂向きだ。


「じゃあ、お店は私に任せてもらっていいですよね?」

「あ、はい。」

さてさて、どんなところに連れていかれるんだろう?と、思ったら、行先はファミレスだった。まあ、それが妥当だろうな。


「ここでいいでしょ?」

「はい、ありがとうございます。」

「お好きなもの、選んでね。」

とは言うものの、あまりに彼女と違ったものを選んだら、問題だろうな。彼女はスパゲッティと1品ものを2つ、注文した。オレも、同じようにピザと2品注文した。


「ところで、めずらしいお名前ですね。」

「ああ、いつもそう言われます。」

「いちって書いて、にのまえって読むなんて、いったい誰が思い付いたんでしょう?」

「私も知りません。」

「で、お名前は人に二で、ジンさんでいいんですか?」

「それも、実は違うんです。でも、友人にはジンって、言われます。本当はまことっていうんです。」

「じゃあ、きちんと読めた人、いないんじゃないですか?」

「はい、未だにいません。」

「こんなに簡単な漢字なのにね。」

「はい、その通りなんです。」


「話は変わりますけど、ひとつお聞きしたいんです。あの日、私はどうしてたんですか?」

「覚えてないんですか?」

「はい、結構飲み過ぎたのは、覚えているんですが、その後どうしたんだか、覚えてないんです。」

「道端に座り込んじゃってました。顔が真っ青になっていたんで、ただごとじゃないと思ったんです。」

「で、救急車を呼ぼうとしたら、いいです、大丈夫ですって言うんですが、全然大丈夫ちゃうやんって思いました。」

「ホントにご迷惑お掛けして,ごめんなさいね。」

「いえいえ、元気になられてよかったですよ。」

「ありがとうございます。」


「で、にのまえさんはおいくつなんですか?」

「私は20歳です。」

「若いんですね。」

「高村さんだって、25、26ってところでしょ?」

「えっ?そんなに若く見えますか?」

「違うんですか?」

「うれしいなぁ。」

なんか、メチャ喜んでる。どうみても、25、26歳ってところだろ。


「本当はおいくつなんですか?」

「まあ、25、26ってことにしておいて下さい。」

そうなると、とても気になるもんだ。いくつなんだろう?でも、まあ、いいか。

「わかりました、いずれにしても、私より年上ってことですもんね。」

「ところで、にのまえくん・・・、ジンくんでいい?」

「あ、いいですよ。本当はまことですけど。」

「ジンくんっていうのは、あだ名でしょ?」

「そうですね。」

「じゃあ、そう呼ばせて下さいね。」

「はい。」


「ジンくんは彼女、いるんですか?」

「いませんよ。」

「そっか。じゃ、私、立候補しちゃおうかな?」

「飲んでます?」

「シラフですよ。」

「マジで言ってます?」

「はい、マジですよ。」


 そういう顔は笑っている。絶対、遊んでる。でも、素敵な笑顔だ。オレは冗談だと思った。

「今まで、誰一人寄ってこなかったのに、高村さん、オレをいじって楽しんでるでしょ?」

「だから、本気だってば。」

「だって、高村さんほど素敵な人に,彼氏がいないなんて思えないでしょ。」

「あらあら、うれしいこと言ってくれるのね。ますます、立候補しちゃうわ。」

オレ、絶対、遊ばれてる。




(つづく)


posted by たけし at 12:00| 兵庫 ☁| Comment(0) | 一仁の場合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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