2021年11月23日

短編小説 「オッド・アイ」 第8話

 なんとか、探し出してその研究室に入った。お、先生がいた。

「先生、こんにちわ。」

「えっと、君は誰だったかな?」

忘れてる?じゃなくて、オレを知らないんだ。

「他の学部なんですが、スペイン語を話したくてここにきました。」

「おお、それなら歓迎するよ。」

「オレ、上条レイって言います。」

「レイか、なかなかスペイン語、上手じゃないか。」

「父親がスペイン人なんで。」

「なるほど。君くらい、この学科の学生も話せたらいいんだけどな。」

「日本語ばかり使っていると、スペイン語、忘れそうで。また、ここに来ていいですか?」

「いつでもおいで。カフィオレ、ごちそうするよ。」

そうだった。カフェオレが好きだったんだ、この先生。


 なんか、オレ自体も少し忘れているような気がする。きちんと、ノートにメモっておかないとどんどん忘れてしまいそうだ。それからというもの、過去の記憶はすべて事細かにメモった。すでに、マリアの友人たちの名前は忘れてしまっていた。というか、全然定かじゃない。ノートを見ないと、両親が住んでいる町の名も忘れていることもある。


「おい、上条。最近付き合い悪いじゃん?」

「ちょっと、用事があってな。」

「どんな用事なんだ?」

「外語の教授と仲良くなって、研究室へ行ってるんだ。」

「おまえがそんなに行くてぇのは、よっぽど、面白いんだな。」

「だけど、大石には無理だと思うよ。」

「なんでやねん。」

「だって、スペイン語だもん。」

「えっ、おまえ、どこのハーフか、わかったん?」

「そうなんだ。オレはスペインと日本のハーフなんだ。」

「そういうことか。でも、スペイン語は話せないだろ?」

「いや、今はだいぶ話せるようになった。」

「すげ~な、いつの間に?じゃ、そのうち、スペイン人の女の子、紹介してな。」

「まだ、わからないよ。」


 とにかく、夏休みまではこの研究室で言葉を忘れないようにしないといけないな。オレはそう思って、できるだけ、通うようにした。この研究室には、オレ以外に熱心に通う学生が数人いる。当然、外語のスペイン語専攻の学生だ。オレのように、他学部からくるヤツなんていないからな。


「上条クンはいいなぁ。スペイン語を話せる環境があったんだもんね。」

「だけど、オレは物心ついたときには、スペイン人の親父はそばにいなかったし、母親も親父についていっちゃったから、日本のじじばばしかいなかったんだ。」

うそだけど。

「じゃ、なんで、そんなに話せるの?」

「オレもさっぱりわからないんだ。だからこそ、忘れないようにここに通ってる。」

「すごい努力家なんだね。」

「そんなことないよ。」

オレに話しかけてくるのは、山内恵子さん。先生がいないときは、すべて日本語だけど、先生がいるときはスペイン語になる。だから、今は全力でオレと話をしようとする。多少はいいけど、うっとおしいんだな。


 一人でコツコツと、辞書を片手にスペイン語のテキストを解読しているのは、立花由香里さん。まあ、オレには害はない。で、同じようにコツコツとやっているのは、青島琴絵さん。でも、コツコツやっているのは、スペイン語のアニメの解読だ。


 たいがいは真面目なヤツが研究室にくるもんなんだろうな。外語だからか、男は少ないってぇか、オレしか来ない。先生がいるときは、ディスカッションがほとんどで、何かの話題について話し合う。興味ある話が一番楽しいんだろうけどな。オレはいつも遅い時間にくるものだから、ディスカッションの途中に入ることになる。いつも、先生はそれまでの経緯をオレに説明しないさいと、彼女ら3人のうち一人に依頼する。でも、三人ともまともに説明できない。まあ、仕方ないよ。なんとか、オレが恐らくこういうことかと、逆に質問するから話が通じるのだ。


「レイも一緒に一杯どうかね。」

「いいですよ。」

「じゃ、みんなでいきましょうか。」

そう言われて、彼女たちは、すぐにはピンと来ない。オレがジェスチャーを交えてスペイン語で話すとわかることが多い。行った先は、日本式の炉端ではなく、先生御用達のバルだ。オレは何回か、スペインで行ったことがあるから、何も問題ない。スペイン料理も結構食べれるし、先生は気に入っているようだ。当然、先生がいるから、全部スペイン語だ。彼女たちは、まあ、真面目だから一生懸命についてくる。えらいもんだ。


「スペインでは、このようなバルが若者たちの楽しい場として、活用されているんだよ。」

「オレもバルセロナで何回か、行ったことがあります。確かに若者が多いですね。」

「レイはスペイン料理は好きかね?」

「たいがいは美味しいんですが、エビの殻とか、貝の殻なんか、食べれないところは入れてほしくないですね。食べるのが面倒くさいんで。」

「確かにそうかも知れないが、その殻がいい出汁になるんだ。」

「わかりますけどね。食べるのが大変なんで困ります。」

「はははは。」

「ネギを丸ごと焼いて、外側をむいて、丸ごと食べる、ええっと、なんて言ったかな?」

「長ネギのカルソッツかね。あれは美味しいね。」

「ですよね。」

と、まあ、彼女たちは、全然入ってこれない。

「先生、今日はお酒も入っていることだし、無礼講で多少日本語もOKにしましょうよ。彼女だち、全然入ってこれないですよ。」

「わかった、通訳頼むよ。」

オレは許可をもらったので、話の通訳をした。

「・・・という話をしてました。」

「ふ~ん。そうなんですね。」

「あとは、自分たちの言葉でどうぞ。しばらく、オレ、食事に集中しますから。」

別に皮肉っているわけじゃないけど、どうやらそのように感じてる人もいるみたいだ。オレは一人で話して悪いから、どうぞって譲ったつもりなんだけどな。




(つづく)


posted by たけし at 12:00| 兵庫 ☀| Comment(0) | オッド・アイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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