2020年09月06日

変わりゆく未来 第1話

「いったいどうなっているんだ?」

 私はやはり混乱している。そりゃ、そうだ。起こるはずもないことが、現実に起こっているのだから。この世界で、今まで絶対に起こったことはないだろうし、私もそんなん、見たこともないし、聞いたこともない。あり得ない、あり得ない。でも、私が感じていることは、見ていることは、いったい何なんだ?

 多分、他人から見た私は、気の弱いヤツに見えているのだろう。確かにその通りなのだ。あんまり、人前に立つなんてことは得意じゃないし、できれば、そっとしておいてほしいし、平穏無事な毎日が望みだった。そうね、体格もそんなにいい方じゃないし、スポーツだって得意じゃない。勉強も得意じゃないから、一生、こっそりと暮らしていくことが目標だ。それなりに働いて、それなりの住まいで暮らすことが一番だと思っている。残念ながら、そんなヤツでは彼女もできるはずもなく、ずっと独り身だが、まあ、仕方がない。そんな人生でもそれなりに満足しているのだ。なのに一体どういうことなんだ?

 いつものように同じ時間に席を立ち、同じ時間に会社をでて、同じ電車に乗る。その日もまったく同じだったのに。

 だが、その日の電車はやかましかった。いつもいないはずの中学生が数人、騒いでいた。最近の子供たちはみんなスマホを持っている。そのスマホでなにやらゲームを楽しんでいるようだった。それも多分、オンライン対戦か何かで、みんなでワイワイやっている。相手をやっつけては歓声があがり、やられては歓声があがり、その喧騒にもううんざりしていた。

 特に誰も注意はしない。当然、私もするわけがない。まあ、仕方ないとあきらめて、知らん顔して外の景色を眺めていた。こんな時にイヤホンがあれば、何か曲を聞いて、この喧騒に巻き込まれないで済んだのに。

 そんな時だった。急に立ちくらみがして、意識を失った、気がした。多分、そんな長い時間気を失っていた訳ではなかったと思う。瞬間だったのかもしれない。

「おい、どうしたんだ?」
「大丈夫か?」
間近に中学生たちの声が聞こえた。
「え?」
目を開くと中学生たちの真ん中にいた。
「なんで?」
 こんなところにいるんだ?私がその中学生たちの顔を見渡すと、また、何事もなかったかのようにワイワイと喧騒がはじまった。

 だけど、なんで私はここにいるんだ?そんでもって、なんでこいつらとスマホゲームなんかしているんだ?で、こいつらは私とゲームして違和感はないのか?

 私は頭の中をいろんな「???」が駆け巡り、シャットダウンしていた。
「あっ!」
 瞬間、私のいた場所を見た。そこには、何人かの人たちが誰かを抱えていた。
「えっ?!」
 突然、中学生たちの輪から抜け出て、その場所へ飛んで行った。そこには、そこには、自分がいたのだ。
「この人大丈夫なんやろか?」
 すぐ横で声がした。中学生の一人だ。彼もここに飛んできたみたいだった。私は、茫然となった。
「いったいどうなっているんだ?」
 私から見える自分の衣服は、学生服だ。あり得ない!!あり得ない!!絶対にあり得ない!

 私から見える、抱えられている私だった人は、目を開いた。
「すみません。もう大丈夫です。」
と、言って何事もなかったかのように、立ち上がり、周りの人に頭を下げ、その場のつり革につかまった。

「え?」
 入れ替わったのではないのか?私が中学生なら、この中学生だった彼は、私になっているはずだ。なんの根拠のないのに、それが常識のように思った。実際、窓に映る私は中学生だった。で、この人は私?!でも、この私だった人は何も混乱しているふうではない。なぜ?私が感じていることは、見ていることは、いったい何なんだ?どうなっているんだ?

「おい、早く続きしようぜ!」
 彼は、私の腕を引っ張り、もとの席へと促した。私は彼に引っ張られるまま、元の席へ戻った。あまりに現状認識能力が欠けている私は、自分の思う常識と違うことに、ショートして何も考えられなかった。

「何やってるんだ。死んじゃったじゃねーか!」
 中学生の中の一人が叫んだ。そうだ、もう私は死んでいる。どうしていいのか、全然わからない。
「お前、ちゃんとやれよ!」
 他の中学生も私に言った。でも、私にはそのやり方もさっぱりわからない。
「やめとくわ。」
 私は力なく口にした。いかん、いかん、どうしたら元にもどれるのか?でも、元にもどれなかったら、どうしたらいいのか?いろんなことが頭を駆け巡った。でも、どうしていいのかわからない。頭を抱え込んでしまった。

「調子、悪いんか?」
 一人の中学生が、私に言った。
「うん。」
 確かに調子悪すぎだ。こんな状態で調子いいヤツなんておるんか?でも、体調は悪くなさそうだった。冷静になって、状況を確認すると、確かに体調はよさそうだ。でも、中学生の私は、なんて名前で、どこの中学に通っていて、どこに住んでいるのか、何もわからない。この場を乗り切るにはどうしたらいいのだろうか?

 私を入れて4人の中学生。彼らに対して、どう接していいのだろうか?中学生を演じるには、年を取り過ぎている。あの頃、どうだったか?なんて、今更、思い出せない。どうせ、たいしたことなんかしてなかったし、どうやって過ごしてきたか?なんて、思い出せやしない。

「じゃ、またな。」
 今着いた駅で2人が降りた。自分が何者なのか、まだ、何もわかっていない。残った一人の中学生に思い切って聞いてみた。
「お前、おかしいぞ!」
 ちょっとの差で、先に口火を切ったのは、残った中学生だった。
「ごめん」
私は即、続けてこう言った。
「君、時間ある?」
「まあ、あるっちゃあるけど?」
「ちょっと、付き合ってくれないか?」
「別にいいけど。」
「変に思うかもしれないけど、僕らの降りる駅って、一緒かな?」
「はっ?次じゃん!」
「じゃ、降りたら、ちょっと付き合ってほしいんだけど。」
「お前、やっぱり、おかしいぞ!」
「そうなんだ。おかしいんだ。」

 駅に着いて僕らは降りた。駅のホームのベンチに座ってこう言った。
「実は、記憶がないんだ。」
「はっ?何言ってんの?」
「名前も、何もかもわからない。教えてくれないか?」
「まじか?からかってんのか?」
「いや、まじなんだ。」
 彼はしばし沈黙した。おもむろに私を見て、にっこり笑った。
「わかった、わかった。いつもの冗談やんな!」
「ほんとにマジなんだ!何もかもわからない。先に降りた2人も知らない。君のことも何も分からない。」
「マジか!本当にマジか!」

 私の状況が信じられないという感じが、ヒシヒシと伝わってきた。
「ひとつづつ、教えてくれないか?」
「あ~、うざ!」
 そうだよな。そんなこと、ひとつづつ丁寧に教えてくれる世代ではないよな。仕方がない。自分でどうにか調べてみようと思った。
「わかった。自分で調べる。またね。」
「おう、じゃぁな!」
 あっさりと、彼はその場を立ち去った。私は自分が持っていたカバンを調べてみることにした。なんせ、自分の名前も分からない。それにどこに住んでいるのかもわからない。

 スマホ!スマホだ。この中にヒントがあるかも?とは、言うものの、今まで使っていたのが俗に言うガラケなのだ。スマホなんて、どう使うのだ。困った。やっぱり、カバンを!

 中には教科書、ノートなどが入っていた。当然だ。名前の欄には、「武田洋」と書いてある。この中学生は武田クンなのだ。名前は洋と書いてヒロシなのか、ヨウなのか?それはわからない。少なくともタケダくんであることには間違いなさそうだ。

 住まいはいったいどこなのか?あ、生徒手帳は?どこだ?どこにある?ん、あった!住所は?あった!これで、この中学生は家に帰れる、たぶん。でも、家に帰ってから、両親にどう話をしたらいいのだろうか?家の中の状況は全然わからない。この中学生の母親はどんな人なのだろうか?ちゃんと話を聞いてくれるのだろうか?その前に、住所は分かったけど、地図がないとどう行ったらいいのか分からない。困った。

(つづく)

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2020年09月07日

変わりゆく未来 第2話

 突然、カバンから何やら音が流れた。これは、着信音?確かにスマホからだった。が、どうやって出ればいいのかわからない。あたふたしていたら、切れてしまった。誰からだったのか?すぐさま着信音が。無理だ。どうやって取ればいいのかわからない。どこか指が触れたのか、声が聞こえた。さっきの中学生だ。
「もしもし、家についた?」
「いや、まださっきの駅のベンチ。」
「マジかよ。」
「自分の名前がタケダということがわかった。下のなまえはヒロシでいいのかな?」
「マジで言ってんの?」
「本当にマジだ。」
「わかった。そこにおれ!」
 どうやら、彼は来てくれるらしい。あたりは暗くなってきた。

 しばらくして、彼は来てくれた。
「マジかよ。」
「うん。」
「タケダヒロシだよ。家まで送ってってやるよ。オレ、福田良治。いつもブゥって呼んでいるだろ?ブゥでいいよ。」
「わかった。ありがとう。」
「全然、思い出せないのか?それって、マジ、記憶喪失ってやつか?」
「どうやらそのようだ。なにも分からない。私は、いや、オレのこと、知ってること、全部教えてくれ。」
 ブゥは、小学校からの幼馴染みで、家もそう遠くないらしい。私もブゥも特に運動部に所属しておらず、帰宅部ということだ。あ、中学2年だ。

 私の家族構成は、両親と妹が1人いるとのこと。その妹はお兄ちゃん大好きみたいで、かなりウザっていたようだ。母親は割と温和な感じで、ブゥにはいつも優しいらしい。父親はよくわからないみたいだ。とにかく、いろいろ話を聞いているうちに、家の前に着いてしまった。なんか、あっという間のような気がした。明日また、ブゥと待合せして、学校にくことにした。とにかく、味方が一人できたのは、心強かった。

 さて、いよいよ、家だ。確かに「武田」と書いてある。いつも、どうやって帰っているのだろうか?なかなか、家に入れずにいると、
「あら、おかえり。何してるの?」
 可愛らしい感じの女性が声を掛けてきた。買い物袋を下げているところを見ると、どうやら、母親のようだ。待て、待て、自分はもう元の自分ではないのだ。中学生なのだ。確かに恋愛はしてこなかったが、母親に恋心なんて持ってはいけない。

「あ、ただいま。」
「さ、さ、入って、入って。」
「ユミ、お兄ちゃん帰ってきたわよ。」
「はーい。」
 ドドドドっと二階から、けたたましく降りてきたのは、例の妹のようだ。
「おかえり~い、遅かったね。」
「すぐご飯だから着替えてきてね。」
「はーい。」
 妹もなかなか可愛い子だ。二階に上がると、確か右の部屋だったよな?
「そこ、私の部屋。お兄ちゃんの部屋はあっち。」
「あ、ごめん、間違えた。」
「ふつー、間違えないでしょう?」

 ようやく、自分の部屋に到着した。が、困った。いつも、家にいるときは、どんな服を着ているんだろうか?でも、その問題はすぐに解決した。ベットにたたんでおいてあった。それを着ることにした。
「ご飯よ~。降りてらっしゃい。」
「はーい。」
 と、妹も返事したのがシンクロした。と、いきなり、妹は部屋に入ってきて、
「ご飯、ご飯、いこ!」
「わかった。」
「ん?なんか変。」
ぎょ?何か間違えたか?
「いつものお兄ちゃんと違う。そこは勝手に入ってくるな!じゃないの?でもいいや。優しいほうがいい。」

 妹は小学校6年。一緒に1階の食卓へ。
「あら、めずらしいわね。一緒に降りてくるなんて。」
「そうでしょ、お兄ちゃん、今日はなんか優しいの。」
そうなのか!いつもは、もっとツッケンドンな感じなのか!でも、仕方がない。どうも調子が狂う。でも、こんな感じの家族なら、なんとかなるような気がした。本当のコイツには悪いが。

 夕ご飯は割と日本食ぽくて、美味しかった。こんなん、一人では絶対に食べれない。ほとんど、コンビニ弁当や、出来合えのおかずだったからね。
「おかあさん、おいしいね。ありがとう!」
思わず、言ってしまった。とたん、二人ともきょとんとした。
「どうしたの?そんなこと言ってくれるなんて。でも、うれしいわ、ありがとう!」
「でしょ、今日のお兄ちゃん、なんか、優しい感じじゃない?」
「本当にそうね。」
母親はうれしそうだった。
「そんなことないよ。いつもと同じだよ。」
「いーや、違う。絶対に違う。すっごく、優しい感じに変わった!」

 この中学生はいったいどんなんだったんだ?でも、よく考えれば、反抗期ということかもしれない。まあ、普通だよね。でも、遠の昔に過ごした中学生時代になったからといって、反抗期を発生することはないと思う。

「やっぱり、お兄ちゃん変!スマホ持ってきてない。」
「あら、本当ね。いつもスマホばっかりして、全然ご飯食べないもんね。」
「そうそう。すっごく、食べるの遅い!」
 いまどきの中学生はそんなものなのか?
「食事のときくらい、食事に集中すべきだと思うけど。」
 しまった!よからぬことを口走ってしまった。でも、後の祭りだ。
「え~、お兄ちゃんがそんなこと言うなんて、やっぱり、変!!!」
「ほんとね。でも、いいんじゃない?」
「怪しい!!!絶対何かある!!!」


(つづく)
posted by たけし at 18:30| 兵庫 ☁| Comment(0) | 変わりゆく未来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月08日

変わりゆく未来 第3話

 確かに妹はうざいかもしれない。いちいち、突っ込んでくる。たまらん。食事中、ずっとテレビがついていた。その中で、1つの事件をニュースが報道された。

「○×電鉄の車内で、会社員、高橋和夫さん42歳が突然倒れ、救急車で運ばれましたが、死亡が確認されました。そばにいた乗客の話によると、高橋さんは一度倒れましたが、すぐに回復し、問題なさそうに思われましたが、二度目に倒れた時には意識は戻らなかったとのことです。」

 それは、自分のことだった。マジか!?ということは、もう二度と自分には戻れないということだ。これから先、ずっと、この中学生として生きていくしかないのだ。でも、高橋という自分だったことは、ずっと内緒にしていないといけないな。そうなると、この中学生はいったいどこに行ってしまったのでろう?自分ではどうにもならないことは、考えないでおくべきなのか。

 さて、そうなると、これからどうしたらいいのだろうか?ん、やけに冷静な自分に気が付いた。あれだけ、テンパっていた自分だったのに、今はやけに冷静に考えている。外見がどんなに変わっても、自分は自分だ。性格は変わりっこない。とにかく、このままだと家族からおかしいと思われてしまう。すでに、妹には見抜かれているが、一度、母親にきちんと話をした方がいいだろう。温和な優しい人なので、分かってもらえるかも。とりあえず、記憶喪失になったことを相談しよう。

「あの、おかあさん、ちょっといいですか?」
「な~に?改まってどうしたの?」
「お兄ちゃん、やっぱり、変!」
 ほんとに妹はうざい。自分の部屋に行っててほしい。
「ちょっと、相談があります。」
「ますます、怪しい!!」
「ちょっと、ユミは自分の部屋に行ってて。」
「え~、私も聞きたい~!」
「ユミ、お兄ちゃんがそう言っているんだから、行ってなさい。」
「は~い。」
かなり不満そうに二階に上がっていった。

「どうしたの?」
「実は帰宅途中に記憶を失ったんです。自分が何者なのか、家がどこなのか、どんな家族構成かもわからなくなった。福田という友人に教えてもらったので、今ここにいます。」
じっと、私の顔をみていた母親は、マジな顔をして、
「明日、病院へいきましょ。」
 と言った。すぐに信じてもらえたのでほっとした。そうなると、確かに病院ってことになると思う。

「ヒロシの今分かっている記憶を教えて。」
「今の記憶は、福田くんに教えてもらったことだけです。この家の場所も、彼に教えてもらいました。僕が記憶を失った時に、たまたま、福田くんがいてくれたおかげで、ここまで帰ることができたんです。そうじゃなかったら、そのままずっと電車の中にいたかも知れません。」
「大丈夫?どこか痛いとこない?頭を打ったとか?」
「いえ、何もないです。本当に突然こんなことに遭遇したみたいです。」
母親は急に泣き出した。
「なんで、あなただけそんなことになるの?なにも悪いことなんかしてないのに。」
確かにそうだ。この中学生は何も悪いことはしていない。電車で騒いていただけだ。本当の彼は今どうしているのだろうか?私にはそれすら、わからない。
「おかあさん、泣かないで。体調は悪くないので、大丈夫だから。」
「でも、でも」
母親の涙は止まらない。

「あ~、おかあさん、泣かした!」
でた。また、妹だ。
「なんか、ひどいこと言ったんでしょ!」
「ユミには理解できないことだ。二階に上がっててくれよ。」
「だめ。おかあさん、泣かしたんだから、行かない。私はおかあさんの味方なんだから。」
 おいおい、お兄ちゃん大好きなんじゃないのかよ。でも、仕方がない。隠していてもわかることだし、逆に言っておけば、味方になることもある。
「わかった。ユミにも話をしておくよ。おかあさん、いいよね?」
「うん。」
「僕は、記憶をなくしてしまったんだ。だから、今までどんな人格だったのかもわからない。ユミが言っていたように、本当におかしくなったのかも知れない。」
「わかった。やっぱり、そうだったのね。」

 こういうことは、子供の方が理解しやすいのかもしれない。
「突然、そんな病気を発症したもんだから、おかあさんが泣き出しちゃったんだ。」
「それって、病気なの?」
こういうところが子供だな。
「それがわからないから、明日、病院に行って検査してくるんだ。」
「私も心配だから、一緒にく。」
「学校を休みたいだけだろ?」
「そんなことないもん。」
まあ、こんな会話になるよな。

 なんか、落ち込んでいる母親はとてもかわいそうだ。年齢的には、本当は私の方が上のような気がするけど、今は息子なのだ。
「からだは本当にどこも痛くもかゆくもないよ。でも、記憶がないことについて、頭の中の話かもしれないから、CTとかMRIとかの検査が必要かもしれないね。」
「お兄ちゃん、結構、物知りなのね。」
しまった。普通の中学生はこんなこと知ってる方がおかしいか。
「おかあさん、そんなに落ち込むことないよ。当の本人がそう言っているんだから。」
「そうよね、ありがとう。」
 ようやく、落ち着いてくれたみたいだった。でも、本当に優しいおかあさんでよかった。

「ただいま」
玄関の開ける音がして、男の声がした。父親の登場だ。
「おとうさん、お帰り~!」
ユミが出迎えた。
「あのね、お兄ちゃんが大変なの。」
早速、ユミの説明が始まった。えっ、だけど、この顔どこかで見たことが。


(つづく)

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2020年09月09日

変わりゆく未来 第4話

 父親の顔、そう、武田貴洋だ。私が中学の時の同級生だったヤツだ。だから、今の私は武田洋なのか。おいおい、なんてこった。おまえの息子になってしまったのか!

 ユミの簡略化した説明を聞いて、
「ヒロシ大丈夫なのか?おとうさんはわかるのか?」
「ごめんなさい。全然、覚えてないんだ。」
「明日、ちゃんと病院行って検査してもらわないといけないな。でも、どうして?」
「ボクにもわからないんだ。突然、すべてが飛んでしまって、何もかもわからなくなってしまったんだ。今のボクの家族がここでいいのかもわからない。」
「おまえはうちの家族だ。それは間違いないから、安心してほしい。」
 武田もいい父親になっているんだな。それに引き替え私はというと、多分一生独身でひっそりと暮らしていくことだけで満足していたんだからな。なんか、複雑な気持ちだ。

「お父さん、お母さん、今日は早めに休ませてほしい。いいかな?」
「そうした方がいい。おやすみ。」
「ゆっくり、休んでね。」
 ふたりともいい人でよかった。私は二階へ上がって、自分の部屋に戻った。

 さて、これでなんとか、今までの性格と違ったことについて、特に違和感なく受け入れてもらった気がする。これから、友人関係や学校関係でうまくやっていけるんだろうか?あ、今の中2はどんな勉強をしてるんだろ?私はついていけるのかな?さすがに不安になった。いきなり、劣等生になってしまいそうだ。運動部に所属していなかったのだから、スポーツはそんなにうまくなくても大丈夫だろうけど、勉強はどれくらいの成績だったんだろうか?中2の勉強なんて、遠い過去のことだから覚えてないし、四苦八苦しそうだ。ちょっと、くじけそうになった。

 ところで、この部屋、どうなっているんだろうか?ちょっとした探検だな。どんな少年なのかを知る手がかりになる。そういえば、福田クンに連絡しておかないとな。スマホの操作も教わったし、ラインの電話で掛ければいいらしいし。なんとか、福田クンにコール。

「おお、ヒロシ、どうだった?」
「明日は病院にいくことになった。」
「まあ、そうだろうな。記憶がないんじゃ、仕方ないよな。」
「すまんね。よろしく頼むよ。」
 何をよろしく頼むのか?自分でもよくわからないけど、彼にまかすことにした。
「了解。まかしとけって。また、病院の結果は教えてな。」
「うん、わかった。じゃ。」
「じゃ。」

 短い会話だったが、いきなり親友になっている気がした。こいつはいい家族の中で育って、いい友達もいるじゃん。その人生を私が取ってしまったんだよな。なんか、orz の気分だ。本当のコイツはどこにいってしまったんだろう。私が入ったことで、消滅したんだろうか?なんか、めっちゃ罪悪感で落ち込んだ。でも、私が故意でしたんじゃないし、私も被害者なのだ。私のからだはもう死んでいるし、戻ることさえできないのだ。

「お兄ちゃん。」
ユミが入ってきた。
「ん?」
「いつもノックしろって怒るのに、今日はやっぱり違うね。本当に記憶がないの?」
「今日、帰ってきてユミに会うまで顔さえわからなかったんだ。」
「そんなことって本当にあるんだね。で、初めて見るユミはどんなふうに見えた?」
「可愛い妹だと思ってるよ。」
「ホント?」
ニコニコ上機嫌のユミに、なんでこんなにコロコロ変わるのか。女心ってそんなものかもね。
「今までのお兄ちゃんも好きだけど、今の優しいお兄ちゃんはもっと好き!」
おいおい、そんなものかな。今まで全然もてなかったけど、どこかで好意を持っている女性もいたかもね。しかし、子供の扱いもどうしていいのかよくわらなかったが、適当に合わせることで切り抜けれそうだ。
「もう、寝るからまた明日な。」
「わかった。おやすみ。」
ようやく、出て行ってくれた。なんとか、落ち着ける場所も確保できたし、しばらく普通に暮らしていけそうだし、かなりほっとできた。本当に福田クンには感謝だ。

 翌朝、やはり私は少年だった。14歳の少年だ。でも、心は40過ぎのオッサンなのだ。今日は、どこかの病院へいく。母親がついてこなくても、自分でいける。でも、それを許してはくれないだろう。もしも、もしもだ。治療することで、少年が戻って私が消えることになるのかも知れない。そうなったら、それが自分の運命だったのだということで、あきらめるしかないのだろう。

 朝食を食べ、やはり、母親と一緒に近くの市民病院へいくことになった。こういう病院はものすごく待たされる。多分、終わるのは、昼過ぎになるのだろう。まあ、仕方がない。ユミはあきらめて、学校へ行った。父親の武田は、今忙しいらしく、だいぶ朝早くに出勤して行った。まあ、この年代が働き盛りということだし、仕方ないのかも知れない。

 病院に着くと受付を済ませ、自分の番がくるまで、やはり、かなり長いこと待たされた。最初は問診だったが、電車で仲間とワイワイやっていたところ、突然、意識が亡くなったこと、その後は自分が誰なのか、どこに住んでいるのかなど、さっぱりわからない状態になったことを話した。やっぱり、CTスキャンすることになった。ついでにMRI検査も行われた。その結果は、どこにも異常がないとのこと。これも想定内のことだ。生活するぶんには問題ないし、どこにも異常がないのだから、母親には納得してもらって、そろそろ帰りたかったが、なかなか納得してくれない。記憶を失った原因は、深層心理から解きほぐすしかないと母親は思ったみたいだった。それなら、この市民病院ではその担当医がいない。ここで、一旦帰ることになった。

「深層心理から解きほぐすって、もしかしたら、精神が壊れる危険性もあるかもしれないらしいよ。ちょっと、そうなるとボクはともかく、家族に迷惑がかかるから、やめとくよ。」
「本当にそれでいいの?」
「だって、健康状態は問題ないみたいだし、頭の中にも異常はないし、恐らく一旦リセットされているだけのようだから、新鮮な気持ちでこれからの人生、楽しめそうだよ。」
「なんか、ずいぶん大人になった気がするわね。」
「そうかな?でも、こんな自分を家族が受け入れてくれないなら、どうしようもないね。」
「そんなことないわ。ヒロシはヒロシだもん。愛する家族の一員なんだがら、今のヒロシをちゃんと受け止めてくれるわよ。」
「そうなら、もういいよね、病院は。ボクもまだわからないことがあるけど、福田クンもいるし、学校のことは少しづつ教えてもらって頑張るから。」
「あなたは偉いわね。」
 母親はまた泣き出した。結構、涙もろい人なんだ。

 とにかく、今日はのんびりできる。自分の部屋の状況をしっかり確認しないとな。しかし、今時の中学校はいじめとかあって大変らしいけど、コイツは大丈夫だったのかな。あんまり、変なことに巻き込まれてなければいいけど。机の上、本棚、引出し、衣装ケース、このくらいの子ならどこかに何かを隠していてもおかしくない。

 それなりに調べてみたけど、まあ、普通の中学生のようだ。あとは、スマホの中だけど、まあ、興味をそそる写真はいくつかあった。住所録にも疑問が残る人がいた。まあ、これはおいおい調べて行こう。結構、おしゃれな服が多い。まあ、そんな年頃なんだろう。自分はというと、着れたらいいと思うタイプだ。だから、今後はだいぶ変わっていくだろうと思う。

(つづく)
posted by たけし at 06:56| 兵庫 | Comment(0) | 変わりゆく未来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

変わりゆく未来 第5話

 だけど、この部屋を一人で独占か。いいなあ。武田の稼ぎは結構いいのかも知れないなあ。さすがに、パソコンは個人使用という訳ではないらしい。とりあえず、スマホだけでいいという世代なのだろう。だけど、○フォンだなんて、贅沢なヤツだ。使い方はまだまだ初心者だけど、金額が高いのは知っている。よく、こんなん買ってあげたもんだ。まあ、自分が使うのだから、いいということにしょう。

「おにいちゃん、ご飯食べよう。」
「はーい、今いきます。」
母親と二人でご飯だ。
「おかあさん、今までとまったく別人格みたいなボクは気持ち悪くない?」
「何言ってるの?そんなことないわよ。」
「今までの自分がどんな自分だったのかわからないから、どのように振る舞えばいいのか分からない。」
「気にしないでいいのよ。今のあなたらしく生きていけばいいの。そんなことに気を使わなくていいの。」
「そっか、ありがとう。」
やっぱり、優しいおかあさんだ。でも、自分より年下なんだよな。笑うと可愛いな。武田はいい人と結婚したんだな。うらやましいよ。

 その後、しばらく自分の部屋でゆっくりしてたら、ユミが帰ってきた。早いものでそんな時間か。
「あら、ユミちゃん、今日は早いわね。」
「だって、お兄ちゃんが心配なんだもん。」
「相変わらずね。」
「うん。」
ドドドドっと階段を上がってくる音がしたとたん、
「お兄ちゃん、どうだった?」
と突然ドアが開いて入り込んできた。しっかり、寝たふりしてたけど、
「あ、寝たふりしてる~!」
とあっさり、ばれてしまった。仕方がないんで、
「なんともないみたいだよ。今までと感じが変わって気持ち悪いだろ?」
「そんなことないよ。あっちいけ~!とか言わないし、私は今の方がいいと思うよ。」
「また、突然、前のオレに戻ったらどうする?」
「ん~、今の方がいいから、ちょっとヤダな。」
「そっか。まだ、思い出せないことが多いから、いろいろと教えてな。」
「任しといて!」
そう言ったら、話題はあっという間に変わって、学校であったことなど、うんざりするくらい話し出した。私の心配はそんなものだったのか!まあ、小学生だし、そんなものかもね。とにかく、優しいお兄ちゃんとして、相槌打ちまくりで対応したが、もうたまらんわ。

 その夜、父親が帰ってきた。当然、母親は今日の話をした。私もその物音を聞いて、二階から降りて、父親のもとへ行った。
「大丈夫なのか?」
「はい、からだ的には何も問題ないようです。でも、記憶が全然ないです。どうして、こんなになってしまったのか、わかりません。」
「うむ、まあ、時間をかけてゆっくり直していけばいいと思うよ。ある日突然、記憶がよみがえることもあると思うしな。」
「はい、ありがとうございます。」
「今のヒロシは礼儀正しいし、そのほうがいいかもな。ww」
まあ、そうだろうな。いままで、どんなヒロシだったんだ。少なくとも、反抗期になることは多分ないと思う。家族にとっては、その方がいいだろうしね。
「明日は福田クンと学校に行ってみます。学校までの道のりも思い出せないし、クラスの様子もわからないので。」
「わかった。いい幼馴染がおってよかったな。」
「本当にそう思います。」
ということで、明日は、学校へ冒険に行ってくることにした。

 翌朝、福田に学校へ連れて行ってもらうことになった。駅までの道も多少複雑で分かりづらい。駅からは電車1本なのが助かる。学校へは最寄の駅から10分ほどだった。通勤時間を考えると、かなり時間が短くて助かる。でも、こんなにたくさんの荷物を持って学校に行っているのかと思うと、ぞっとする。自分の時はこんなに担いでいなかったように思える。

 福田には予め、グループの仲間を教えてもらっていたが、なんせ顔が分からない。教室へ行く前に、母親に言われていた通り、職員室へ行った。高木先生という担任の先生に私からも事情を説明するためだ。福田と別れて、職員室へ。

「おはようございます。高木先生いらっしゃいますか?」
「おーい、こっちだ。」
大きく手をふる男の先生を発見した。早速、先生の元へ行った。
「おかあさんから事情は聞いた。大変だったみたいだな。先生のことは覚えてるのか?」
「いえ、申し訳ありませんが、全然、覚えていません。」
「まあ、焦らずだな、ゆっくりリハビリするんだな。このあと先生と教室へ行こうな。」
「はい、よろしくお願いします。」

 こういったやり取りをしていると、大人の社会もあまりかわらんなと思えてくる。しかし、私という生徒はいったいどういう生徒だったのだろうか?教室のみんなの反応が気になり始めた。転校して初めて教室に連れて行かれる気分って、こんなんだろうか?

 チャイムがなり、先生と教室へ向かった。2年2組の教室だ。
「おはよう。日直!」
「規律、礼、おはようございます。着席。」
「今日は、武田のことでみんなに話がある。先生も詳しい原因はわからんが、武田は過去の記憶をなくすという病気で、みなさんのことを何もかも覚えていません。だから、みんなでいろいろと教えてあげて下さい。」
「え~。」
とか、みんなからいろんな驚嘆の声が上がった。
「はい、静かに!」
そう言って、先生は私に合図を送った。なんか、しゃべれって感じだ。
「自分のことも、今までどうしていたのかも思い出せません。みなさんの顔も名前もわからないので、本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」
「オッケー、まかしといて!」
それなりにいろんな賛同の声が上がった。


(つづく)

posted by たけし at 15:58| 兵庫 | Comment(0) | 変わりゆく未来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする