「いったいどうなっているんだ?」
私はやはり混乱している。そりゃ、そうだ。起こるはずもないことが、現実に起こっているのだから。この世界で、今まで絶対に起こったことはないだろうし、私もそんなん、見たこともないし、聞いたこともない。あり得ない、あり得ない。でも、私が感じていることは、見ていることは、いったい何なんだ?
多分、他人から見た私は、気の弱いヤツに見えているのだろう。確かにその通りなのだ。あんまり、人前に立つなんてことは得意じゃないし、できれば、そっとしておいてほしいし、平穏無事な毎日が望みだった。そうね、体格もそんなにいい方じゃないし、スポーツだって得意じゃない。勉強も得意じゃないから、一生、こっそりと暮らしていくことが目標だ。それなりに働いて、それなりの住まいで暮らすことが一番だと思っている。残念ながら、そんなヤツでは彼女もできるはずもなく、ずっと独り身だが、まあ、仕方がない。そんな人生でもそれなりに満足しているのだ。なのに一体どういうことなんだ?
いつものように同じ時間に席を立ち、同じ時間に会社をでて、同じ電車に乗る。その日もまったく同じだったのに。
だが、その日の電車はやかましかった。いつもいないはずの中学生が数人、騒いでいた。最近の子供たちはみんなスマホを持っている。そのスマホでなにやらゲームを楽しんでいるようだった。それも多分、オンライン対戦か何かで、みんなでワイワイやっている。相手をやっつけては歓声があがり、やられては歓声があがり、その喧騒にもううんざりしていた。
特に誰も注意はしない。当然、私もするわけがない。まあ、仕方ないとあきらめて、知らん顔して外の景色を眺めていた。こんな時にイヤホンがあれば、何か曲を聞いて、この喧騒に巻き込まれないで済んだのに。
そんな時だった。急に立ちくらみがして、意識を失った、気がした。多分、そんな長い時間気を失っていた訳ではなかったと思う。瞬間だったのかもしれない。
「おい、どうしたんだ?」
「大丈夫か?」
間近に中学生たちの声が聞こえた。
「え?」
目を開くと中学生たちの真ん中にいた。
「なんで?」
こんなところにいるんだ?私がその中学生たちの顔を見渡すと、また、何事もなかったかのようにワイワイと喧騒がはじまった。
だけど、なんで私はここにいるんだ?そんでもって、なんでこいつらとスマホゲームなんかしているんだ?で、こいつらは私とゲームして違和感はないのか?
私は頭の中をいろんな「???」が駆け巡り、シャットダウンしていた。
「あっ!」
瞬間、私のいた場所を見た。そこには、何人かの人たちが誰かを抱えていた。
「えっ?!」
突然、中学生たちの輪から抜け出て、その場所へ飛んで行った。そこには、そこには、自分がいたのだ。
「この人大丈夫なんやろか?」
すぐ横で声がした。中学生の一人だ。彼もここに飛んできたみたいだった。私は、茫然となった。
「いったいどうなっているんだ?」
私から見える自分の衣服は、学生服だ。あり得ない!!あり得ない!!絶対にあり得ない!
私から見える、抱えられている私だった人は、目を開いた。
「すみません。もう大丈夫です。」
と、言って何事もなかったかのように、立ち上がり、周りの人に頭を下げ、その場のつり革につかまった。
「え?」
入れ替わったのではないのか?私が中学生なら、この中学生だった彼は、私になっているはずだ。なんの根拠のないのに、それが常識のように思った。実際、窓に映る私は中学生だった。で、この人は私?!でも、この私だった人は何も混乱しているふうではない。なぜ?私が感じていることは、見ていることは、いったい何なんだ?どうなっているんだ?
「おい、早く続きしようぜ!」
彼は、私の腕を引っ張り、もとの席へと促した。私は彼に引っ張られるまま、元の席へ戻った。あまりに現状認識能力が欠けている私は、自分の思う常識と違うことに、ショートして何も考えられなかった。
「何やってるんだ。死んじゃったじゃねーか!」
中学生の中の一人が叫んだ。そうだ、もう私は死んでいる。どうしていいのか、全然わからない。
「お前、ちゃんとやれよ!」
他の中学生も私に言った。でも、私にはそのやり方もさっぱりわからない。
「やめとくわ。」
私は力なく口にした。いかん、いかん、どうしたら元にもどれるのか?でも、元にもどれなかったら、どうしたらいいのか?いろんなことが頭を駆け巡った。でも、どうしていいのかわからない。頭を抱え込んでしまった。
「調子、悪いんか?」
一人の中学生が、私に言った。
「うん。」
確かに調子悪すぎだ。こんな状態で調子いいヤツなんておるんか?でも、体調は悪くなさそうだった。冷静になって、状況を確認すると、確かに体調はよさそうだ。でも、中学生の私は、なんて名前で、どこの中学に通っていて、どこに住んでいるのか、何もわからない。この場を乗り切るにはどうしたらいいのだろうか?
私を入れて4人の中学生。彼らに対して、どう接していいのだろうか?中学生を演じるには、年を取り過ぎている。あの頃、どうだったか?なんて、今更、思い出せない。どうせ、たいしたことなんかしてなかったし、どうやって過ごしてきたか?なんて、思い出せやしない。
「じゃ、またな。」
今着いた駅で2人が降りた。自分が何者なのか、まだ、何もわかっていない。残った一人の中学生に思い切って聞いてみた。
「お前、おかしいぞ!」
ちょっとの差で、先に口火を切ったのは、残った中学生だった。
「ごめん」
私は即、続けてこう言った。
「君、時間ある?」
「まあ、あるっちゃあるけど?」
「ちょっと、付き合ってくれないか?」
「別にいいけど。」
「変に思うかもしれないけど、僕らの降りる駅って、一緒かな?」
「はっ?次じゃん!」
「じゃ、降りたら、ちょっと付き合ってほしいんだけど。」
「お前、やっぱり、おかしいぞ!」
「そうなんだ。おかしいんだ。」
駅に着いて僕らは降りた。駅のホームのベンチに座ってこう言った。
「実は、記憶がないんだ。」
「はっ?何言ってんの?」
「名前も、何もかもわからない。教えてくれないか?」
「まじか?からかってんのか?」
「いや、まじなんだ。」
彼はしばし沈黙した。おもむろに私を見て、にっこり笑った。
「わかった、わかった。いつもの冗談やんな!」
「ほんとにマジなんだ!何もかもわからない。先に降りた2人も知らない。君のことも何も分からない。」
「マジか!本当にマジか!」
私の状況が信じられないという感じが、ヒシヒシと伝わってきた。
「ひとつづつ、教えてくれないか?」
「あ~、うざ!」
そうだよな。そんなこと、ひとつづつ丁寧に教えてくれる世代ではないよな。仕方がない。自分でどうにか調べてみようと思った。
「わかった。自分で調べる。またね。」
「おう、じゃぁな!」
あっさりと、彼はその場を立ち去った。私は自分が持っていたカバンを調べてみることにした。なんせ、自分の名前も分からない。それにどこに住んでいるのかもわからない。
スマホ!スマホだ。この中にヒントがあるかも?とは、言うものの、今まで使っていたのが俗に言うガラケなのだ。スマホなんて、どう使うのだ。困った。やっぱり、カバンを!
中には教科書、ノートなどが入っていた。当然だ。名前の欄には、「武田洋」と書いてある。この中学生は武田クンなのだ。名前は洋と書いてヒロシなのか、ヨウなのか?それはわからない。少なくともタケダくんであることには間違いなさそうだ。
住まいはいったいどこなのか?あ、生徒手帳は?どこだ?どこにある?ん、あった!住所は?あった!これで、この中学生は家に帰れる、たぶん。でも、家に帰ってから、両親にどう話をしたらいいのだろうか?家の中の状況は全然わからない。この中学生の母親はどんな人なのだろうか?ちゃんと話を聞いてくれるのだろうか?その前に、住所は分かったけど、地図がないとどう行ったらいいのか分からない。困った。
(つづく)
私はやはり混乱している。そりゃ、そうだ。起こるはずもないことが、現実に起こっているのだから。この世界で、今まで絶対に起こったことはないだろうし、私もそんなん、見たこともないし、聞いたこともない。あり得ない、あり得ない。でも、私が感じていることは、見ていることは、いったい何なんだ?
多分、他人から見た私は、気の弱いヤツに見えているのだろう。確かにその通りなのだ。あんまり、人前に立つなんてことは得意じゃないし、できれば、そっとしておいてほしいし、平穏無事な毎日が望みだった。そうね、体格もそんなにいい方じゃないし、スポーツだって得意じゃない。勉強も得意じゃないから、一生、こっそりと暮らしていくことが目標だ。それなりに働いて、それなりの住まいで暮らすことが一番だと思っている。残念ながら、そんなヤツでは彼女もできるはずもなく、ずっと独り身だが、まあ、仕方がない。そんな人生でもそれなりに満足しているのだ。なのに一体どういうことなんだ?
いつものように同じ時間に席を立ち、同じ時間に会社をでて、同じ電車に乗る。その日もまったく同じだったのに。
だが、その日の電車はやかましかった。いつもいないはずの中学生が数人、騒いでいた。最近の子供たちはみんなスマホを持っている。そのスマホでなにやらゲームを楽しんでいるようだった。それも多分、オンライン対戦か何かで、みんなでワイワイやっている。相手をやっつけては歓声があがり、やられては歓声があがり、その喧騒にもううんざりしていた。
特に誰も注意はしない。当然、私もするわけがない。まあ、仕方ないとあきらめて、知らん顔して外の景色を眺めていた。こんな時にイヤホンがあれば、何か曲を聞いて、この喧騒に巻き込まれないで済んだのに。
そんな時だった。急に立ちくらみがして、意識を失った、気がした。多分、そんな長い時間気を失っていた訳ではなかったと思う。瞬間だったのかもしれない。
「おい、どうしたんだ?」
「大丈夫か?」
間近に中学生たちの声が聞こえた。
「え?」
目を開くと中学生たちの真ん中にいた。
「なんで?」
こんなところにいるんだ?私がその中学生たちの顔を見渡すと、また、何事もなかったかのようにワイワイと喧騒がはじまった。
だけど、なんで私はここにいるんだ?そんでもって、なんでこいつらとスマホゲームなんかしているんだ?で、こいつらは私とゲームして違和感はないのか?
私は頭の中をいろんな「???」が駆け巡り、シャットダウンしていた。
「あっ!」
瞬間、私のいた場所を見た。そこには、何人かの人たちが誰かを抱えていた。
「えっ?!」
突然、中学生たちの輪から抜け出て、その場所へ飛んで行った。そこには、そこには、自分がいたのだ。
「この人大丈夫なんやろか?」
すぐ横で声がした。中学生の一人だ。彼もここに飛んできたみたいだった。私は、茫然となった。
「いったいどうなっているんだ?」
私から見える自分の衣服は、学生服だ。あり得ない!!あり得ない!!絶対にあり得ない!
私から見える、抱えられている私だった人は、目を開いた。
「すみません。もう大丈夫です。」
と、言って何事もなかったかのように、立ち上がり、周りの人に頭を下げ、その場のつり革につかまった。
「え?」
入れ替わったのではないのか?私が中学生なら、この中学生だった彼は、私になっているはずだ。なんの根拠のないのに、それが常識のように思った。実際、窓に映る私は中学生だった。で、この人は私?!でも、この私だった人は何も混乱しているふうではない。なぜ?私が感じていることは、見ていることは、いったい何なんだ?どうなっているんだ?
「おい、早く続きしようぜ!」
彼は、私の腕を引っ張り、もとの席へと促した。私は彼に引っ張られるまま、元の席へ戻った。あまりに現状認識能力が欠けている私は、自分の思う常識と違うことに、ショートして何も考えられなかった。
「何やってるんだ。死んじゃったじゃねーか!」
中学生の中の一人が叫んだ。そうだ、もう私は死んでいる。どうしていいのか、全然わからない。
「お前、ちゃんとやれよ!」
他の中学生も私に言った。でも、私にはそのやり方もさっぱりわからない。
「やめとくわ。」
私は力なく口にした。いかん、いかん、どうしたら元にもどれるのか?でも、元にもどれなかったら、どうしたらいいのか?いろんなことが頭を駆け巡った。でも、どうしていいのかわからない。頭を抱え込んでしまった。
「調子、悪いんか?」
一人の中学生が、私に言った。
「うん。」
確かに調子悪すぎだ。こんな状態で調子いいヤツなんておるんか?でも、体調は悪くなさそうだった。冷静になって、状況を確認すると、確かに体調はよさそうだ。でも、中学生の私は、なんて名前で、どこの中学に通っていて、どこに住んでいるのか、何もわからない。この場を乗り切るにはどうしたらいいのだろうか?
私を入れて4人の中学生。彼らに対して、どう接していいのだろうか?中学生を演じるには、年を取り過ぎている。あの頃、どうだったか?なんて、今更、思い出せない。どうせ、たいしたことなんかしてなかったし、どうやって過ごしてきたか?なんて、思い出せやしない。
「じゃ、またな。」
今着いた駅で2人が降りた。自分が何者なのか、まだ、何もわかっていない。残った一人の中学生に思い切って聞いてみた。
「お前、おかしいぞ!」
ちょっとの差で、先に口火を切ったのは、残った中学生だった。
「ごめん」
私は即、続けてこう言った。
「君、時間ある?」
「まあ、あるっちゃあるけど?」
「ちょっと、付き合ってくれないか?」
「別にいいけど。」
「変に思うかもしれないけど、僕らの降りる駅って、一緒かな?」
「はっ?次じゃん!」
「じゃ、降りたら、ちょっと付き合ってほしいんだけど。」
「お前、やっぱり、おかしいぞ!」
「そうなんだ。おかしいんだ。」
駅に着いて僕らは降りた。駅のホームのベンチに座ってこう言った。
「実は、記憶がないんだ。」
「はっ?何言ってんの?」
「名前も、何もかもわからない。教えてくれないか?」
「まじか?からかってんのか?」
「いや、まじなんだ。」
彼はしばし沈黙した。おもむろに私を見て、にっこり笑った。
「わかった、わかった。いつもの冗談やんな!」
「ほんとにマジなんだ!何もかもわからない。先に降りた2人も知らない。君のことも何も分からない。」
「マジか!本当にマジか!」
私の状況が信じられないという感じが、ヒシヒシと伝わってきた。
「ひとつづつ、教えてくれないか?」
「あ~、うざ!」
そうだよな。そんなこと、ひとつづつ丁寧に教えてくれる世代ではないよな。仕方がない。自分でどうにか調べてみようと思った。
「わかった。自分で調べる。またね。」
「おう、じゃぁな!」
あっさりと、彼はその場を立ち去った。私は自分が持っていたカバンを調べてみることにした。なんせ、自分の名前も分からない。それにどこに住んでいるのかもわからない。
スマホ!スマホだ。この中にヒントがあるかも?とは、言うものの、今まで使っていたのが俗に言うガラケなのだ。スマホなんて、どう使うのだ。困った。やっぱり、カバンを!
中には教科書、ノートなどが入っていた。当然だ。名前の欄には、「武田洋」と書いてある。この中学生は武田クンなのだ。名前は洋と書いてヒロシなのか、ヨウなのか?それはわからない。少なくともタケダくんであることには間違いなさそうだ。
住まいはいったいどこなのか?あ、生徒手帳は?どこだ?どこにある?ん、あった!住所は?あった!これで、この中学生は家に帰れる、たぶん。でも、家に帰ってから、両親にどう話をしたらいいのだろうか?家の中の状況は全然わからない。この中学生の母親はどんな人なのだろうか?ちゃんと話を聞いてくれるのだろうか?その前に、住所は分かったけど、地図がないとどう行ったらいいのか分からない。困った。
(つづく)