2020年09月13日

変わりゆく未来 第11話

 ある日、3年生の男子生徒がやってきた。人知れず、話をしたいとのことだったので、放課後、付き合った。彼からは明らかに悲壮感が漂っていた。これはやばいな。直観的にそう思った。

 とりあえず、話をするだけしてもらって、私は黙って聞いていた。彼には弟がいて、その弟がとってもよくできる弟だということ。家族は弟にしか興味がなく、自分のことはどうでもいいのだという。どんなに頑張っても認めてもらえない。いっそのこと死ぬしかないという。私には、たいしたことないじゃんと思ってしまう内容だが、本人は真剣だ。

「家族に認めてもらう必要がありますか?家族からの束縛がない分、自由に好きなことができるという考えもありますよ。」
まだ、中3だし、親に甘えたいのに、弟にぶんどられてしまって、淋しい気持ちはわかる。

「例えば、将来やりたいことがあるのであれば、家族からの束縛なしに自由にできますよね。家族が自分に期待を寄せると逆にしんどいものですよ。弟さんは、実はかなりしんどい状態で悩んでいるかもしれないですね。」
「そうかな。」
彼は私の言ったことを確かめるべく、家に帰っていった。

 翌日、彼からの情報では、思った通り、弟もかなり悩んでいたとのこと。彼の顔からはもう暗さはなかった。まあ、そんなもんだよな。自分の悩みがどの程度がわかったら、まあ、解決するもんだ。(人によるけど)

 そんなこんなで、いつの間にか日が経ち、私はそれなりの公立高校への進学がきまり、ユミは中2。相変わらず、やかましい。さて、私は今後どうすべきか、考えている。この世の中、なんでもしたいことができる。自分で起業したっていいわけだ。両親は、今、勉強できる時にしとけと言うに決まっている。でも、すでにある程度の知識はあるし、そんなに必死に勉強することもあるまい。ちょっと、資格オタクになってもいいかな?と思うこともある。それとも前の人生の時にやり始めていたマーケティングの勉強でもいいかなとも思う。まあ、この世の中、まだまだ学歴社会だから、高校卒業して、大学卒業するところまでは仕方ないかな。

 私はほんとに新しい人生を歩んでいる。

 だが、高2になってから、問題が起こった。私は今の人生を生きていくものだと思っていたのだが、新たな問題が起こったのだ。

 現国の授業で、私が先生からの問題に答えているときに、突然目の前が真っ白になった。瞬間、気を失ったのだ。だが、気が付いたときに、私は異変を感じた。私の周りに集まったクラスメートや先生は、私より遠いところにいる。私は今、窓側の真ん中辺の席に座っているのだ。でも、私がいたはずの席には、確かに私だった私が、意識を失って、みんなに「大丈夫か?」とか「聞こえるか?」とか言われている。

 私だった私は、ようやく意識を取り戻し、「大丈夫だ。」と言っている。だが、先生は念のため保健室へ行った方がいいと、隣の男子と一緒に教室から出て行った。

 私はそれをずっと見ていた。まただ。私は、私だった私とは違った人になっていたのだ。だが、意識が入れ替わった訳ではない。私だった私には誰も入っていない。あのままだと、そのうち亡くなってしまう。そう思った。前のパターンと同じなら、私だった彼は命を落とすことになるのだろう。

 私は今、誰になっているのだろうか?目からの景色は、今の私から見える自分の手は、明らかに線が細い。今度は・・・女子だ。私は女子になってしまったのだ。私の意識は、絶対に女性ではない。だが、この体は女性なのだ。

 彼女はクラスの中でも、あまり目立たない、大人しめの女子だ。私はこの危機をどのように乗り越えたらいいのだろうか?それより、この体の元の持ち主はどうなってしまったのだろうか?

 元の持ち主への心配と、新しい持ち主となる私の不安が、頭の中を駆け巡っていた。もう、彼女は現れてこないのだろう。いったい、どこに行ってしまったのか、わからない。元の私の体とともに消滅してしまうのだろうか?

 その時、付き添っていた男子が教室に飛び込んできた。
「武田が救急車で運ばれた。」
 クラスが騒然となった。やはり、あの時と同じだ。私の意識が違う体に入ったら、元の体は死んでしまうのだ。で、新しい体の意識はいなくなってしまう。たぶん、消滅してしまったのだろう。なんで、こんなことが起こるんだろう。私はこれから先も転々としていくのだろうか?その度に、誰かの意識が消滅してしまうのだろうか?

 今まで暮らしてきたあの家族の、悲しみが想像できる。あの優しかった母親、兄が大好きな妹、私と同級生だった父親。その家族が、突然、家族の一人を失うのだ。しばらく、立ち直れないだろう。あの家族のみんなの悲しみの面影が頭をよぎる。

 私はどうすればいいのだ。彼女だった体にいる私は、どうすればいいんだ?
「まだ、武田は死んだわけではない。病院での処置を待とう。みんな、彼が生還することを祈ってくれ。」
担任の先生はそう言って、みんなの不安を祈りの方向へ向けた。だが、私は、私になった彼女は、意識を失った。女子の中から悲鳴が上がった。
「丸山さんが倒れた。」

 私の意識も遠のいた。

次に意識を取り戻した時は、保健室だった。
「丸山さん、大丈夫?」
そばに2人の女子がいた。ああ、この彼女と仲良かった2人だ。だが、本当の彼女はもういない。私になってしまったのだ。
「丸山さん、意識戻ってよかったね。」
「でも、武田くんは一体どうしたんだろうね?」

 私はこの彼女になって生きていくために、記憶喪失になるしかないと思った。でも、全部じゃない。
「あの、私、どうしちゃったのかな?」
「えっ?突然、気を失ったんだよ。」
「私、あなたたちといつから友達なの?」
「えっ?丸山さん、大丈夫?」
「先生、呼んでくる。」
もう一人の彼女が保健の先生を呼びにいった。

「私、どうしちゃったんだろう?思い出せない。」
「悪い冗談は、よしてよ。」
「本当にわからないのよ。」
「じゃ、私のことわかる?」
「斎藤さんでしょ?」
「そうよ、知ってるじゃない。」
「でも、私たち、いつから友達だったのかな?」
「何言ってるのよ?」
「私の家族はどんな家族なのかな?」

 私は本当に知らないことをそのまま、記憶喪失の内容にした。このほうが、本当のことだからあとで、ドジ踏むこともないだろう。
そこへ、先生が飛んできた。
「丸山さん、大丈夫なの?」
みんな、同じことを言う。
「先生、私、思い出せないの。自分の過去がわからない。」
「じゃ、分かることを教えてちょうだい。」
私は2人の友達の名前を答えた。クラスのみんなの名前もわかる。だが、自分の家や家族のこと、過去の出来事もわからない旨を告げた。

 その時、病院に搬送された武田くんの死の知らせが舞い込んできた。それを聞いた私は、なぜか意識を失った。

(つづく)

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2020年09月14日

変わりゆく未来 第12話

 次に気が付いたときは、保健室ではなく、病院にいた。私も武田くんのように、万が一のことがあっては大変だということで、救急搬送されたとのこと。当然、母親がそばにいた。が、私には初対面だ。
「美香ちゃん、大丈夫なの?先生を呼んでくるからね。」
先生がきて、目を見たり、血圧を見たりしたが、問題なさそうだとの判断だった。
「あなたは誰ですか?」
「美香ちゃん、おかあさんよ。わからない?」
「思い出せない。」
先生はいろんな質問をしたが、私が答えられるのは、この彼女と同じクラスになってからのことだけだ。

「クラスの方が亡くなって、ショックを受けられているみたいですね。一過性の記憶喪失でしょう。しばらく、様子をみて下さい。」
母親は心配そうな顔をして、私の顔をのぞきこんだ。とりあえず、私の言動は、「一過性の記憶喪失」ということで、変に思われずに済むようだ。

 彼女の家はどんな家なんだろうか?取りあえず、今日一日は病院にいることになったので、もう少しいろいろと考えられる時間をもらえた。
「美香ちゃん、一人で大丈夫だよね?」
「うん。」
「明日また、来るからそれまでゆっくりしててね。」
そういうと、母親はいそいそと帰っていった。なにかあるのだろうか?

 私は、私だった彼がどこに行ったのか確認したかった。今まで一緒に過ごしてきた家族はどうなったのだろうか?とても気がかりだった。病院の看護師さんに確認すると、彼の居場所がわかった。私になった彼女のスマホにさっきの友人たちの連絡先があった。私は電話して、お通夜のこと、告別式のことを聞いた。

 明日がお通夜で、明後日が告別式だそうだ。私も友人たちと一緒にお通夜にいくことにした。自分のからだのお通夜って、一緒に暮らした家族の様子は?とても気になった。

 翌日、午前中に母親が迎えにきたので、一緒に家に帰った。初めて帰った家は、公営住宅の2DKだった。どうやら、母子家庭のようだった。

「入院だなんて、お金かかるんだからね。」
家に着くと、母親は豹変した。
「お通夜だなんて、お金ないのに、ほんとにこの子は。いったい、いくらいるんだ?」
三千円というと、投げるように私に渡すと、仕事にいくとすぐに家をでた。

 この子はこんな家の子だったのか。子供は親を選べないんだよな。なんか、悲しい気分になった。

 その日の夕方、友人たちと待合せて、お通夜に行った。ほんのちょっと前まで一緒に住んでいた家族の目は、泣き腫れていた。

 せめて、入れ替わっていてくれたなら、こんなことにはならなかっただろうに。私も思わず、涙した。誰かが死ぬということは、こんなことなんだろうな。でも、私にもどうしようもない。家に帰ると、まだ母親は仕事から戻ってきていなかった。この母親はどんな人なんだろうか?取りあえず、家の掃除や食器などの片付けくらいはしておこうと思った。外見は女の子なんだから。

 遅い時間に母親は帰ってきた。酒臭かった。
「まだ、起きてんのかい?早く寝なさい。」
「おかあさん、私、家のこと、なにも記憶がないの。教えてほしいの。」
「そりゃ、好都合だ。何も知らないままでいればいいのよ。」
「そんなぁ!」
「早く寝ておしまい。」

 彼女は苦労してたんだな。さて、どうしたもんだろう。翌朝、朝食は?と聞くと、適当に冷蔵庫から好きなものを食べなと言われ、お昼はというと300円を投げられた。

 家をでると、友人の斎藤さんが待っていた。
「おはよう。どう?調子は?」
「よくわからいの。私がどんな生活をしていたのか。」
「いつもおかあさんのこと、言ってたよね。」
「どんなこと?」
「すぐに暴力をふるうし、食事代も少ししかくれないとか。」

 そうなんだ。この母親と人間関係を良くしていくにはどうすればいいのだろう?それより、女の子として過ごすなんて、いったいどうしたらいいんだろ?あまりにわからないことだらけだ。ただ、友人の斎藤さんは結構面倒見の良い人で、いろんなことを教えてくれる。それが救いだった。

 でも、私は男なのだ。意識はすべて男だ。外見が女の子だから、それに合わせて過ごしている。今回は、非常に困難極まりない。女の子というだけで、意識が男の私には、耐えられない。本当に慣れることができるんだろうか?

 私一人だったら、絶対に無理だったろうけど、斎藤さんがいてくれるおかげで、いろんな疑問が解決していった。彼女の家に行って、女の子同士でないとできない話を聞いた。化粧の仕方も教えてもらった。男の私には、全然興味がわかない。でも、女である以上、これなやらなければいけないこととして、義務的にやることにした。髪の毛も短くカットしたかったが、そういうわけにいかず、意に反してロングにして結わえることにした。

 どんな服がかわいいのかさっぱりわからず、斎藤さんに言われるままに着ることにした。
問題は母親だ。いったいどこでどんな仕事をしているんだろうか?私はあとをつけてみることにした。母親は、大衆食堂で働いていた。で、そこの仕事が終わると、近くの居酒屋で一杯やるのが日課だった。

 自分はそういう生活を楽しんでいるので、私は邪魔な存在なんだろう。性格は温和な人ではなく、いらちな方だった。多少の暴力も平気みたいで、私がしつこく質問すると叩かれた。どうやら、家の家事は私の役割のようで、やっていないと叩かれる。
「誰のおかげで大きくなったんだ?」とか、
「誰のおかげで食事ができてるんだ?」とか、よく言われる。

 この体の彼女は、この母親のことをどういうふうに思っていたのだろう?斎藤さんにそのことを聞くと、それまでの私は、まったく母親を嫌っているわけではなさそうだった。そりゃそうだろうな、母一人、子一人だもんな。近しい親戚もいないみたいだ。でも、初めの人生で一人で暮らしていた私は、この家から出て、一人でも平気だ。さて、どうしたもんだろう。


(つづく)


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2020年09月15日

変わりゆく未来 第13話

 男だった私が、女のからだを持つと、このからだをいかに守るかを考えてしまう。だって、男はろくなものではないのを、私は一番よく知っている。理性をなくしたら、何をされるかわからない。自分の身は自分で守るしかない。私はこっそりとネットの動画で空手や合気道を練習するようになった。

 斎藤さんは、私が変わったと言う。そりゃそうだ。もう、本人じゃない。羊の皮をかぶった狼じゃなく、女のからだをもった男なのだから。

 なんとか、この体に慣れてきた頃、前の家族に出会った。母親と妹だ。どこかしら、まだ、淋しそうだった。私は思い切って声をかけた。
「あの、武田くんのお母様ですよね?」
「そうですが、あなたは?」
「クラスメートの丸山です。一度、御線香を上げさせて頂けませんでしょうか?」
「是非、いらして下さい。ヒロシも喜ぶとおもうので。」

 私はこの親子についていった。なつかしい、元、我が家だ。私の写真が飾られていた。自分に線香をあげるなんて。
「詳しいことを聞いていなかったのですが、原因はなんだったのでしょうか?」
「心不全としか。」
「そうなんですね。」
「あなたはもしかして、ヒロシが倒れた時に、同じように倒れた人ですか?」
「よくご存じですね。その通りです。」
「もしかしたら、私も同じようになっていたかもしれないと思ってました。」
「もう、大丈夫なの?」
「はい、でも、過去の記憶があまりないです。」
「そういえば、ヒロシも中学のとき、そんなことがあったのよ。」
「そうなんですか。」
「今日は、来てくれてありがとうね。」

 この家はまだ、悲しみから解放されていない。でも、多分、時間薬なのだ。そのうち、いつもの生活を取り戻せるだろう。

 家に帰って、母親の帰りを待っていた。私は高校を卒業したら、上の学校に通えるのだろうか?友人たちは皆、大学を目指している。私は何を目指していたんだろうか?母親が帰ってきたんで、聞いてみた。
「高校を卒業したらの話なんだけど。」
「おまえは働きな。私にはここまでしか無理なんだよ。」
「わかったわ。高校までいかせてくれて、ありがとう。」
思わず、口から出たことは、感謝だった。まあ、いい。なんとかなるだろう。

 母親は私の意外な反応にびっくりしたみたいだった。まさか、お礼を言われると思っていなかったみたいだった。
「おまえ、本当にそれでいいのかい?」
「おかあさんも一生懸命やってくれているんだから、私は感謝しかないでしょ?本当にありがとう。あとは自分でがんばるわ。」
「自分で頑張るって、ここをでていくのかい?」
「ううん、そんなことないよ。一緒にいさせてね、おかあさん。」
母親はちょっと、ほっとしていたようだった。

 高校を卒業した女の子がするアルバイトなんて、そんなに給料をもらえるはずもないだろう。最低時給×8時間、×20日間で1ヶ月は、ざっと14万円くらい。所得税や社会保険などが引かれて、手取りは10万円前後ってところ。その半分くらい母親に渡せば、文句も言わないだろう。

 ところで、私である彼女、丸山美香はどんな将来を描いていたんだろう。どんな青春を描いていたんだろう。申し訳ないが、今の彼女は、性的不一致状態だ。私という男からみれば、彼女は普通の女の子に見える。ごく普通でそんなにもてそうな感じでもない。今は彼氏もいない。いたら私が困ってしまう。中身は男だからね。変な男に引っかからないように彼女自身を守っていこうと思う。

 斎藤さんはとても優しい。こんな友達がいてくれるなんて、丸山美香さんはいい友達に恵まれている。いつも一緒に学校へ行って、いつも一緒に帰ってくる。斎藤さんも帰宅部なのだ。

「ねえ、美香。相談に乗ってよ。」
「どうしたの?」
「今度、うちに来ない?」
「いいけど?」
なんとなく、何を相談されるのか、わかったような気がする。この年頃の女子が好きな話は、恋バナだ。

 私は斎藤さんちに遊びに行った。案の定、恋バナ。
「ねえ、ねえ、3年B組のバスケ部の部長、かっこいいと思わない?」
あんなのがいいのか。
「どんな人だっけ?」
「背の高い、すらっとした人だよ。」
だいたいバスケ部ならみんな背が高いし、すらっとしてる。
「ちょっと、どんな人なのかわからないなぁ。」
「ん、もう。」
「で、で、その人が好きなの?」
「だって、かっこいいもん。」
「性格はどうでもいいの?」
「まずは見た目よね。」
この子も私が守ってやらないといけないかも。

「斎藤さんは、やはり大学進学よね?」
「斎藤さんだなんて、ミチでいいよ。一応、文系かな?」
「そっか。」
「美香はどうするの?」
「進学しないの。高校卒業したら、働く。」
「え~っ、なんで?」
「家の事情でね。」
「どうしても無理なの?」
「そうみたい。」
「美香と一緒に大学もいけると思っていたのに。」
「まあ、しかたないよ。働いてお金がたまったら、大学いけるかもしれないし。」
「そうなんだ。なんか寂しいな。」
 まあ、仕方がない。それに、大学行かなくても、社会のことはよくわかっているつもりだからね。高校2年の夏くらいから、進路相談が始まるようだ。私はもうとっくに決まっているので、のんびりするつもりだ。


(つづく)

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2020年09月16日

変わりゆく未来 第14話

 ある日、母親が急にこんなことを言ってきた。
「美香、そろそろ進路相談なんでしょ?」
「うん、でも就職するから、あんまり気にしてない。」
「大学、いきたい?」
「ううん、もう自分の中で決心ついたから大丈夫。働くよ。」
「あんまり、高いところは無理だけど、授業料安いところならなんとかなると思うんだけど。」
「だ・か・ら、もう気にしなくていいよ。おかあさんはおかあさんで、私のことより、自分の老後の資金をしっかり貯めないと、年金だけじゃ暮らしていけないっていうでしょ。」
「おまえ、本当にそれでいいの?」
「いいって言ってるじゃん。どうしても、勉強したくなったら、自分でお金貯めてするから、大丈夫よ。」

 ちょっと酒臭い母親は、私のいうことに涙してた。やはり、母親なんだ。なんか、ちょっとうれしくなった。私には、丸山美香には、この人しか、家族はいないのだから、うまくつきあっていかないとね。

 進路相談の日、母と私は、担任の先生との三者面談に臨んだ。
「丸山の成績なら、△△△大学の文学部とか、狙えますよ。」
「先生、私は就職します。」
「えっ?おかあさん、それでいいんですか?」
「この子が決めたことですから。」
「そう、私が就職するって決めたの。だから、私は就職組です。」
「だけど、大学は行っておいた方が将来いいと思いますけどね。」
「やっぱり行きたいと思ったときに、行けばいいでしょ?」
「まあ、そうすることもできるけど。本当に就職でいいんだな?」
「はい。」
母は本当にそれでいいの?って顔をしてた。でも、もう決めた。私は就職する。

 結局、私のクラスから就職するのは、2人だけだった。来年からは就職クラスへ変わることになる。ミチともお別れだ。でも、来年の3月まで、同じクラスだし、ちょっとは一緒にいれるかもしれない。3年になったら、あんまり遊べないだろう。優しかったから、ちょっと寂しいな。あんな子だったら、私の彼女にしてもよかった・・・同性愛になってしまうだろ、見た目はね。

 3年になり、斎藤さんと離れ離れになった。私は就職組だから、進学とは関係ない科目の授業になった。私は、別に立派な会社に就職するつもりはないのだ。
「ねえ、おかあさん。」
「なんだい?」
「おかあさんの知り合いのところに求人ってない?」
「おまえ、会社勤めするんじゃないのかい?」
「ううん、パン屋さんとか、ケーキ屋さんとかの売り子さんでいいの。」
「本当にそれでいいの?」
「うん、求人、あったら教えてね。」
ちょっと、あきれてたような気がする。でも、いいのだ。

 先生もにそう言った。でも、先生はすでに心当たりがあるようだった。
「丸山、おまえには紹介したいところがある。その会社を受けてみないか?」
「そうなんですか?ケーキ屋さんとかでいいのにな。じゃ、一応聞きますけど、どんな仕事ですか?」
「製造業の事務職だ。」
う~ん、まあそれも問題なくこなせるだろうな。
「せっかくだから、先生のお勧めの会社、受けてみます。」
「よし、わかった。」
先生はうれしそうだった。

「ねえ、おかあさん。」
「なんだい?」
「今日、先生に製造業の会社の事務職を進められたんだけど、受けてもいいかな?」
「そりゃ、先生が進めてくれるんだったら、受けてみな。」
なんか、おかあさん、うれしそう。
「わかった。頑張って、受けてみるね。」

 受けた会社は、今の住まいから自転車でいける距離にあった。自前の敷地に自前の社屋をもっている、従業員300人ほどの会社だった。まあ、もともとの私もそんな会社に勤めていたんだし、何も問題はない。毎年、私のいる高校から2~3名ほど入社しているようだった。そういう推薦枠ということだった。2回の面接ですんなり合格。配属は入社してから告げられるとのこと。給料は20万円ほどで、たぶん手取りは16万円ほどかな。ケーキ屋さんの給料よりいいから、よかったのかもしれない。

「おかあさん、会社、内定してもらったよ。」
「よかったね。お祝いしなくっちゃね。」
なんか、母親が優しく感じた。
「今度、食事しにいこうか。」
「連れてってくれるの?うれしい。」
こういう時は素直に喜んでおかないとね。

 お祝いの食事って、ここ?
「お祝いって言っても、こんな店でごめんね。」
「いいのよ。その気持ちだけで。外食すること自体、とっても久し振りでうれしい。」
おかあさんの行きつけの居酒屋じゃん。
「そうかい。」
「お、佳代ちゃん、今日は娘さん連れかい?」
「ちょっと、お祝いでね。」
「ビール2つでいいかい?」
「だめよ、ひとつはビールで、美香、何にする?」
「じゃ、ウーロン茶で。」
「ビール1丁、ウーロン1丁。」
「へえ、佳代ちゃん、こんな大きな娘さんいたんだね。」
「来年、就職でね、会社、決まったからお祝いさ。」
「そりゃ、おめでとう!最初の1杯は、店のおごりだよ。」

 なかなか、気のいい連中だ。母親が毎日寄りたがる訳だ。
「で、どこの会社だい?」
「なんちゅうたっけ?」
「西部〇〇製作所。」
「あぁ、あそこね。」
なんか、変な感じだ。単刀直入に聞いてみるか。
「どんな評判の会社なの?」
「まあ、普通だよ。」

 だけど、私は小さな声で話しているのを聞き逃さなかった。
「ひどいとこだよ。」
「佳代ちゃんの娘さんも苦労するね。」
そうなんだ。社会人になっても、いろいろとありそうだ。まあ、いいか。

 その日はいろいろな小鉢でたくさん食事して、母親は上機嫌だった。まあ、こんなことは初めてだったんだろう。私はというと、その会社について、いろいろと調べてみることにした。去年の先輩にコンタクトを取ってみた。

「あの、そちらの会社に内定したのですが、会社の雰囲気とか聞かせて頂けたらうれしいのですが?」
「私はとっくに辞めたわよ。あなたも多分、持たないと思うけど。」
「どういうことですか?」
「ブラック、ブラック企業よ。」
やっぱりな。
「ブラックって?」
「あんた、そんなことも知らないの?」
知ってるけど。
「ちょっとしか残業代は出さないけど、遅くまで残業させられるし、部署によってはハラスメントのオンパレードみたいよ。」
やっぱりな。
「私、どうしたらいいのでしょうか?」
「先生に言って、違う会社、紹介してもらったら?」
「今から出来るんでしょうか?」
「大丈夫でしょう。」
「わかりました、聞いてみます。」
ややこしくなってきたもんだ。



(つづく)
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2020年09月17日

変わりゆく未来 第15話

 あんまりややこしい会社には行きたくないというのは、私だけだろうか?多分、誰でもそう思うだろう。
「先生、ちょっとお話しがあるんですけど?」
「なんだ、丸山。」
「先日、内定させて頂いた会社、取りやめたいのですけど。」
「んん?どういうことだ?」
「その会社に入社した先輩の話を聞いたら、ブラックだという話を聞きました。そんな会社はお断りしたいのですが。」
「おいおい、推薦での内定なんだぞ。そんなことできるわけないじゃないか。そんな先輩の話なんて、ちょっとした小さな出来事だけで言っているかもしれないだろ?気にし過ぎだ。」
そうだよな、内定を断ると次から推薦を取り消されてしまうから、そんな言い方をするんだろうな。
「別の会社を紹介して頂けませんでしょうか?」
「いまさらそんなことできないぞ。おかあさんともよく話合ったのか?」
「いえ、私の考えだけです。」
「じゃあ、おかあさんとちゃんと話をしてからにしてくれ。」
そういうことか。でも、せっかくお祝いもしてもらったのに、どうしようか。一度、相談してみようか。

「おかあさん。」
「なんだい?」
「内定が決まった会社、あまりいい話を聞かないの。別の会社を受け直してもいいかな?」
母親は明らかに顔色が変わった。
「何言ってるの?推薦で内定もらったら、変更きかないんだよ。」
「だって、その会社に入った先輩がブラックって言ってたし、そんな会社、嫌だわ。」
「社会人になるということは、そういうことに耐えていくということだよ。そんなこともわかんないの?困った子だよ、本当に。」
「だって、せっかく働くんだったら、楽しくやりたいでしょ。」
「何甘えてるんだ。世の中は厳しいんだよ。そんなの当たり前だよ。」
だめだ、いくら話しても並行線だな。
「わかったわ。一度、頑張ってみるけど、どうしてもだめなら、転職も考えるわよ。」
「石の上にも3年だよ。頑張りな。」

 私が過労死したらどうするつもりなんだろう?優しいと思ったら、そうでもなかったり、いずれは母親と別居しないとだめかも。

 私は覚悟を決めて(ちょっとオーバーかな?)、その会社に入社することにした。私の高校からは私以外に二人が、その会社へ入社する。

 初日の入社式が終わって、私が配属されたのは、製造部門の事務だった。あとのふたりは違う部門へ配属になった。製造部門の事務には、年配の女性が二人。若い女性は私一人。製造部門の男性は、ほぼ全員現場で製造に従事している。製造部門長の長谷川部長は、ドンと席に座っている。

「丸山美香といいます。よろしくお願いします。」
「おお、ようやくうちの部門にも若い子が来たな。内田さん、いろいろと教えてあげてくれ。」
「はーい。丸山さん、こっちに来て。」
「はい、よろしくお願いします。」

 初日はいろいろと雑用を教えて頂いた。まあ、こんなもんだろうね。初日なので、お昼は部門長の長谷川部長が連れて行ってくれるみたいだった。だが、この長谷川、曲者だった。お店で、腕を触る、肩を触る、その反応を見て、相手が何も言わなかったら、お尻まで触ろうとする。適当にあしらったが、この男はしつこい。思った通りの男だった。

「初めて社会に出ると、いろんなことがある。だから、これくらいのことで動じないことが必要なんだよ。」
「そうなんですか。」
このセクハラ野郎。恐らく、パワハラもするんだろうな。

 私は元々母親に昼ごはん代300円しかもらってなかったので、あんまり肉付きのいい方じゃない。だが、密かに合気道や空手のトレーニングをしていたから、こぶしが少々つぶれている。襲われても、なんとなると思っているけど、男の力には負けてしまうかもしれない。力づくになる前に、急所を攻撃すればいいのだ。その間に逃げればいい。それでなんとかなると思うのだ。

 私はどういうわけだが、18歳になっても身長が少しづつ伸びている。おかげで、今は170cmほどで、女の子の中では高い方だ。
「丸山さんは、何か運動をしてたの?」
「いえ、特には。」
「その身長を活かさないと、もったいないよ。」
そう言っては、腕や肩を触ってくる。
「あれ?こぶし、怪我してんの?」
「ちょっと、空手の真似事して、痛めてしまいました。」
部長は、ちょっと、驚いた顔をした。

「そうなんだ。でも、女の子なんだから、あまり激しい運動はしない方がいいよ。」
 抵抗されると困るからやろ。まったく、男というものは、ろくなもんじゃないね。自分も男だけどね。まあ、そんなこんなで、お昼をごちそうしてもらって、午後も先輩の内田さんにいろいろ教えてもらった。だいたいのことはわかる。何年も会社勤めしてたからね。
初日は定時で帰らせてくれた。明日から、どうなることやら。

 この会社に入った先輩はブラックだと言ってのに、数週間経ったが、そんな感じは全然ない。あれはいったいなんだったのだろうか?

 2ヶ月も過ぎた頃、私はあることに気が付いた。長谷川部長は、請求書を内田さんにしか、回さない。もう一人の田村さんも経理処理できるのに。いったい、どんな内容の請求書を回しているのだろうか?

 内田さんがお休みの時に、請求書のファイルを確認してみた。すると、製造関連の部材の購入とか、製造機器の修理等の請求書ばかりだ。最近買ったはずの、いくつかの部材のメモを取って、現場へ行ってみた。でも、どこを探して、それらしいものは見当たらない。現場の社員に聞いてみても、そんなものないと言う。



(つづく)

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