ある日、3年生の男子生徒がやってきた。人知れず、話をしたいとのことだったので、放課後、付き合った。彼からは明らかに悲壮感が漂っていた。これはやばいな。直観的にそう思った。
とりあえず、話をするだけしてもらって、私は黙って聞いていた。彼には弟がいて、その弟がとってもよくできる弟だということ。家族は弟にしか興味がなく、自分のことはどうでもいいのだという。どんなに頑張っても認めてもらえない。いっそのこと死ぬしかないという。私には、たいしたことないじゃんと思ってしまう内容だが、本人は真剣だ。
「家族に認めてもらう必要がありますか?家族からの束縛がない分、自由に好きなことができるという考えもありますよ。」
まだ、中3だし、親に甘えたいのに、弟にぶんどられてしまって、淋しい気持ちはわかる。
「例えば、将来やりたいことがあるのであれば、家族からの束縛なしに自由にできますよね。家族が自分に期待を寄せると逆にしんどいものですよ。弟さんは、実はかなりしんどい状態で悩んでいるかもしれないですね。」
「そうかな。」
彼は私の言ったことを確かめるべく、家に帰っていった。
翌日、彼からの情報では、思った通り、弟もかなり悩んでいたとのこと。彼の顔からはもう暗さはなかった。まあ、そんなもんだよな。自分の悩みがどの程度がわかったら、まあ、解決するもんだ。(人によるけど)
そんなこんなで、いつの間にか日が経ち、私はそれなりの公立高校への進学がきまり、ユミは中2。相変わらず、やかましい。さて、私は今後どうすべきか、考えている。この世の中、なんでもしたいことができる。自分で起業したっていいわけだ。両親は、今、勉強できる時にしとけと言うに決まっている。でも、すでにある程度の知識はあるし、そんなに必死に勉強することもあるまい。ちょっと、資格オタクになってもいいかな?と思うこともある。それとも前の人生の時にやり始めていたマーケティングの勉強でもいいかなとも思う。まあ、この世の中、まだまだ学歴社会だから、高校卒業して、大学卒業するところまでは仕方ないかな。
私はほんとに新しい人生を歩んでいる。
だが、高2になってから、問題が起こった。私は今の人生を生きていくものだと思っていたのだが、新たな問題が起こったのだ。
現国の授業で、私が先生からの問題に答えているときに、突然目の前が真っ白になった。瞬間、気を失ったのだ。だが、気が付いたときに、私は異変を感じた。私の周りに集まったクラスメートや先生は、私より遠いところにいる。私は今、窓側の真ん中辺の席に座っているのだ。でも、私がいたはずの席には、確かに私だった私が、意識を失って、みんなに「大丈夫か?」とか「聞こえるか?」とか言われている。
私だった私は、ようやく意識を取り戻し、「大丈夫だ。」と言っている。だが、先生は念のため保健室へ行った方がいいと、隣の男子と一緒に教室から出て行った。
私はそれをずっと見ていた。まただ。私は、私だった私とは違った人になっていたのだ。だが、意識が入れ替わった訳ではない。私だった私には誰も入っていない。あのままだと、そのうち亡くなってしまう。そう思った。前のパターンと同じなら、私だった彼は命を落とすことになるのだろう。
私は今、誰になっているのだろうか?目からの景色は、今の私から見える自分の手は、明らかに線が細い。今度は・・・女子だ。私は女子になってしまったのだ。私の意識は、絶対に女性ではない。だが、この体は女性なのだ。
彼女はクラスの中でも、あまり目立たない、大人しめの女子だ。私はこの危機をどのように乗り越えたらいいのだろうか?それより、この体の元の持ち主はどうなってしまったのだろうか?
元の持ち主への心配と、新しい持ち主となる私の不安が、頭の中を駆け巡っていた。もう、彼女は現れてこないのだろう。いったい、どこに行ってしまったのか、わからない。元の私の体とともに消滅してしまうのだろうか?
その時、付き添っていた男子が教室に飛び込んできた。
「武田が救急車で運ばれた。」
クラスが騒然となった。やはり、あの時と同じだ。私の意識が違う体に入ったら、元の体は死んでしまうのだ。で、新しい体の意識はいなくなってしまう。たぶん、消滅してしまったのだろう。なんで、こんなことが起こるんだろう。私はこれから先も転々としていくのだろうか?その度に、誰かの意識が消滅してしまうのだろうか?
今まで暮らしてきたあの家族の、悲しみが想像できる。あの優しかった母親、兄が大好きな妹、私と同級生だった父親。その家族が、突然、家族の一人を失うのだ。しばらく、立ち直れないだろう。あの家族のみんなの悲しみの面影が頭をよぎる。
私はどうすればいいのだ。彼女だった体にいる私は、どうすればいいんだ?
「まだ、武田は死んだわけではない。病院での処置を待とう。みんな、彼が生還することを祈ってくれ。」
担任の先生はそう言って、みんなの不安を祈りの方向へ向けた。だが、私は、私になった彼女は、意識を失った。女子の中から悲鳴が上がった。
「丸山さんが倒れた。」
私の意識も遠のいた。
次に意識を取り戻した時は、保健室だった。
「丸山さん、大丈夫?」
そばに2人の女子がいた。ああ、この彼女と仲良かった2人だ。だが、本当の彼女はもういない。私になってしまったのだ。
「丸山さん、意識戻ってよかったね。」
「でも、武田くんは一体どうしたんだろうね?」
私はこの彼女になって生きていくために、記憶喪失になるしかないと思った。でも、全部じゃない。
「あの、私、どうしちゃったのかな?」
「えっ?突然、気を失ったんだよ。」
「私、あなたたちといつから友達なの?」
「えっ?丸山さん、大丈夫?」
「先生、呼んでくる。」
もう一人の彼女が保健の先生を呼びにいった。
「私、どうしちゃったんだろう?思い出せない。」
「悪い冗談は、よしてよ。」
「本当にわからないのよ。」
「じゃ、私のことわかる?」
「斎藤さんでしょ?」
「そうよ、知ってるじゃない。」
「でも、私たち、いつから友達だったのかな?」
「何言ってるのよ?」
「私の家族はどんな家族なのかな?」
私は本当に知らないことをそのまま、記憶喪失の内容にした。このほうが、本当のことだからあとで、ドジ踏むこともないだろう。
そこへ、先生が飛んできた。
「丸山さん、大丈夫なの?」
みんな、同じことを言う。
「先生、私、思い出せないの。自分の過去がわからない。」
「じゃ、分かることを教えてちょうだい。」
私は2人の友達の名前を答えた。クラスのみんなの名前もわかる。だが、自分の家や家族のこと、過去の出来事もわからない旨を告げた。
その時、病院に搬送された武田くんの死の知らせが舞い込んできた。それを聞いた私は、なぜか意識を失った。
(つづく)
とりあえず、話をするだけしてもらって、私は黙って聞いていた。彼には弟がいて、その弟がとってもよくできる弟だということ。家族は弟にしか興味がなく、自分のことはどうでもいいのだという。どんなに頑張っても認めてもらえない。いっそのこと死ぬしかないという。私には、たいしたことないじゃんと思ってしまう内容だが、本人は真剣だ。
「家族に認めてもらう必要がありますか?家族からの束縛がない分、自由に好きなことができるという考えもありますよ。」
まだ、中3だし、親に甘えたいのに、弟にぶんどられてしまって、淋しい気持ちはわかる。
「例えば、将来やりたいことがあるのであれば、家族からの束縛なしに自由にできますよね。家族が自分に期待を寄せると逆にしんどいものですよ。弟さんは、実はかなりしんどい状態で悩んでいるかもしれないですね。」
「そうかな。」
彼は私の言ったことを確かめるべく、家に帰っていった。
翌日、彼からの情報では、思った通り、弟もかなり悩んでいたとのこと。彼の顔からはもう暗さはなかった。まあ、そんなもんだよな。自分の悩みがどの程度がわかったら、まあ、解決するもんだ。(人によるけど)
そんなこんなで、いつの間にか日が経ち、私はそれなりの公立高校への進学がきまり、ユミは中2。相変わらず、やかましい。さて、私は今後どうすべきか、考えている。この世の中、なんでもしたいことができる。自分で起業したっていいわけだ。両親は、今、勉強できる時にしとけと言うに決まっている。でも、すでにある程度の知識はあるし、そんなに必死に勉強することもあるまい。ちょっと、資格オタクになってもいいかな?と思うこともある。それとも前の人生の時にやり始めていたマーケティングの勉強でもいいかなとも思う。まあ、この世の中、まだまだ学歴社会だから、高校卒業して、大学卒業するところまでは仕方ないかな。
私はほんとに新しい人生を歩んでいる。
だが、高2になってから、問題が起こった。私は今の人生を生きていくものだと思っていたのだが、新たな問題が起こったのだ。
現国の授業で、私が先生からの問題に答えているときに、突然目の前が真っ白になった。瞬間、気を失ったのだ。だが、気が付いたときに、私は異変を感じた。私の周りに集まったクラスメートや先生は、私より遠いところにいる。私は今、窓側の真ん中辺の席に座っているのだ。でも、私がいたはずの席には、確かに私だった私が、意識を失って、みんなに「大丈夫か?」とか「聞こえるか?」とか言われている。
私だった私は、ようやく意識を取り戻し、「大丈夫だ。」と言っている。だが、先生は念のため保健室へ行った方がいいと、隣の男子と一緒に教室から出て行った。
私はそれをずっと見ていた。まただ。私は、私だった私とは違った人になっていたのだ。だが、意識が入れ替わった訳ではない。私だった私には誰も入っていない。あのままだと、そのうち亡くなってしまう。そう思った。前のパターンと同じなら、私だった彼は命を落とすことになるのだろう。
私は今、誰になっているのだろうか?目からの景色は、今の私から見える自分の手は、明らかに線が細い。今度は・・・女子だ。私は女子になってしまったのだ。私の意識は、絶対に女性ではない。だが、この体は女性なのだ。
彼女はクラスの中でも、あまり目立たない、大人しめの女子だ。私はこの危機をどのように乗り越えたらいいのだろうか?それより、この体の元の持ち主はどうなってしまったのだろうか?
元の持ち主への心配と、新しい持ち主となる私の不安が、頭の中を駆け巡っていた。もう、彼女は現れてこないのだろう。いったい、どこに行ってしまったのか、わからない。元の私の体とともに消滅してしまうのだろうか?
その時、付き添っていた男子が教室に飛び込んできた。
「武田が救急車で運ばれた。」
クラスが騒然となった。やはり、あの時と同じだ。私の意識が違う体に入ったら、元の体は死んでしまうのだ。で、新しい体の意識はいなくなってしまう。たぶん、消滅してしまったのだろう。なんで、こんなことが起こるんだろう。私はこれから先も転々としていくのだろうか?その度に、誰かの意識が消滅してしまうのだろうか?
今まで暮らしてきたあの家族の、悲しみが想像できる。あの優しかった母親、兄が大好きな妹、私と同級生だった父親。その家族が、突然、家族の一人を失うのだ。しばらく、立ち直れないだろう。あの家族のみんなの悲しみの面影が頭をよぎる。
私はどうすればいいのだ。彼女だった体にいる私は、どうすればいいんだ?
「まだ、武田は死んだわけではない。病院での処置を待とう。みんな、彼が生還することを祈ってくれ。」
担任の先生はそう言って、みんなの不安を祈りの方向へ向けた。だが、私は、私になった彼女は、意識を失った。女子の中から悲鳴が上がった。
「丸山さんが倒れた。」
私の意識も遠のいた。
次に意識を取り戻した時は、保健室だった。
「丸山さん、大丈夫?」
そばに2人の女子がいた。ああ、この彼女と仲良かった2人だ。だが、本当の彼女はもういない。私になってしまったのだ。
「丸山さん、意識戻ってよかったね。」
「でも、武田くんは一体どうしたんだろうね?」
私はこの彼女になって生きていくために、記憶喪失になるしかないと思った。でも、全部じゃない。
「あの、私、どうしちゃったのかな?」
「えっ?突然、気を失ったんだよ。」
「私、あなたたちといつから友達なの?」
「えっ?丸山さん、大丈夫?」
「先生、呼んでくる。」
もう一人の彼女が保健の先生を呼びにいった。
「私、どうしちゃったんだろう?思い出せない。」
「悪い冗談は、よしてよ。」
「本当にわからないのよ。」
「じゃ、私のことわかる?」
「斎藤さんでしょ?」
「そうよ、知ってるじゃない。」
「でも、私たち、いつから友達だったのかな?」
「何言ってるのよ?」
「私の家族はどんな家族なのかな?」
私は本当に知らないことをそのまま、記憶喪失の内容にした。このほうが、本当のことだからあとで、ドジ踏むこともないだろう。
そこへ、先生が飛んできた。
「丸山さん、大丈夫なの?」
みんな、同じことを言う。
「先生、私、思い出せないの。自分の過去がわからない。」
「じゃ、分かることを教えてちょうだい。」
私は2人の友達の名前を答えた。クラスのみんなの名前もわかる。だが、自分の家や家族のこと、過去の出来事もわからない旨を告げた。
その時、病院に搬送された武田くんの死の知らせが舞い込んできた。それを聞いた私は、なぜか意識を失った。
(つづく)