2020年09月22日

変わりゆく未来 第21話

 ある日、会社帰りにみんなと一緒に、女子会にいくときのことだった。数人で一緒に歩いていたのだが、私は瞬間意識を失った。気が付いたとき、私は並木にもたれて座っていた。やけに臭い。耐え難い匂いだ。体が痒い。頭が痒い。口の中が気持ち悪い。聞いたことのある女性たちの声が、ちょっと遠方で聞こえた。

「部長、しっかりして下さい。」
「部長、聞こえますか?」
「大丈夫ですか?」
そこには、今までの私がいた。みんなに抱き抱えられて、目を覚ましたようだった。
「大丈夫。なんか立ちくらみかな。」
「仕事し過ぎですよ。」
「そうなのかな。」

 そんな会話をして、また、女性たちは歩いて行った。私はその行先を知っている。だけど、私は移ってしまったのだ。だから、あの丸山美香という女性は、じきに亡くなってしまうのだ。

 今の私はというと、どうやら浮浪者のようだ。今度はこんな男になってしまったのだ。自分はいったい誰なのか、そんな情報を持ち歩いてるとは思えない。たぶん、世間から逃れてきたから浮浪者なんだろう。だが、今まできれい、かわいい、そんな生活をしてきた私には、この変貌はあまりに耐えられない。どうすれば、いいのだろか?取りあえず、立ち上がって、と思ったが、意識が遠のいた。毎日が死と隣り合わせの生活をしていたのだろう。もう力なんか残っていなかった。

 私はところどころ意識が戻ったが、またすぐに気を失った。次にまともに気が付いたのは、どこかのベッドの上だった。そんなにきれいじゃない病院のベッドだった。あとで聞いたのだが、今の私のように浮浪者の行き倒れでも面倒をみてもらえる病院だそうだ。そんな奇特な病院もあるもんだ。

「やっと、目が覚めたか。」
「おまえさん、ちょっとした仕事、するかい?」
ありがたい。その方がいい。
「できるなら、お願いしたい。」
なんてがらがら声なんだ。
「ほう、やる気があるのか?」
「じゃ、ちょっとばかし、こぎれいにしないとな。」
「こっちに来い。歩けるか?」

 そうか、私は歩けるのかどうかも分からないんだった。なんとか、上体をお越し、ベットから足を床に下ろした。なんとかなりそうだ。でも、歩けなかった。床に膝を打ち付けた。

「おっと、大丈夫か?」
「なんとか。」
 私は病院の片隅にある風呂場で、からだを洗い、その医者の持ってきてくれた衣服を着た。頭は洗っても、塊になった髪の部分は取れず、仕方ないので切り取ってもらった。ついでに丸坊主にしてもらった。このほうがいい。

「ん?ここに名前が書いてあるな。」
今まで来ていた服の片隅に「斉藤澄夫」と書いてあった。今の私の名前なのだろう。
「斉藤さんか。からだ動くか?」
「なんとか。」
「仕事、できるかな?」

 とにかく、自分で食っていかないと。こんな浮浪者生活なんて、嫌だし。まともに生きたい。だが、はやり体がまともに動かない。いったいどんな生活してたんだ、このからだは。
「よし、しゃーないな。」
その医者はどこかに電話していた。しばらくすると、二人の年配の女性が現れた。
「この人?」
「おお、そうだ。頼むよ。」
「分かったわ。」
「ささ、あんた、こっちにきな。」
「なんや、まともに歩けんのかいな。」

 こんなに意に反してからだが動かないとは、まったく情けない。でも、なんとか、その女性たちに支えられながら、病院をでた。
しばらく歩くと、ある家に案内された。
「しばらく、ここがあんたの家だよ。」

 ありがたい。私は本当にそう思った。ボランティアで、こんな浮浪者の自立を助けてくれる場所がある。なんてありがたいのだ。それはいいが、今度はどんでもないからだに入ってしまったものだ。

 自分だった丸山さんはどうなったんだろう。その前に自分がどれだけ、気を失っていたのかもわからない。あれから、どれくらい時間が経ったのか、わからないのだ。でも、その疑問はすぐに解けた。やはり、彼女は亡くなっていた。新聞に小さく載っていた。いったい、なんでそうなってしまうのだろう。せめて、違う誰かが入れば、死なずにすんだだろうに。

「丸山部長ってまだ21歳でしょ?」
「なのになんでこんなことに?」
「すごく仕事、できる人だったよね。」
「会社の痛手だよ。」
「あまりに、可愛そうすぎる。」

「なんで、私より先に逝っちまうんだよ。」
「こんな部屋で生活してたんだね。」
「どんだけ、金持ちだったんだ。」

 だが、仕方がない。もうどうすることもできない。私はもう斉藤澄夫という浮浪者として生きていくしかないのだ。私はおばちゃんたちの介護によって、なんとか一人で歩けるようになった。この体はいったい何歳なんだろうか?鏡を見て、みんなの意見も聞き入れて想定すると、50代後半くらいのようだった。



(つづく)

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2020年09月23日

変わりゆく未来 第22話

 こんな生活をしていなかったら、もっと動けただろうに。だけど、ここから出たら、どこに住めるのだろうか?まともに働けるのだろうか?だが、その不安は突然解決した。

「斉藤さん、面会だよ。」
「え、誰だろう?」
そこには年配の女性が立っていた。涙をためていた。
「やっと、見つかった。」
いきなり、私に抱き着いてきた。
「あなた、探したのよ。」

 私はいったいどんな人間だったんだ。とにかく、記憶喪失状態で、浮浪者生活を送っていたことが分かると、彼女は泣き出した。どうやら、私の妻のようだった。彼女に引き取られて、帰った先は、まあ、豪邸だった。本当にどんな人間だったのだろう。

「ここが本当に私の家?」
「そうよ、あなた。」
「私はいったいどんな人間だった?」
「本当に何も覚えていないのね。」
 とにかく浮浪者のままでなくって、よかった。それだけが救いだった。でも、本当にどんな人だったのだろうか?

「申し訳ない。いったいどうして、浮浪者になってしまったのかもわからない。」
「今まで本当に大変でしたね。」
 そういうと、彼女は私の身の上話を聞かせてくれた。

 私は斉藤商事の社長だったが、2年もの間、行方不明だったので、会長に退いて、今は息子が社長をしているということだった。行方不明だったことは、家族しか知らない。会社は、従業員200名ほどの規模で創業30年ほどになるのだという。私は58歳だそうだ。本当はもっとバリバリやる予定だったが、行方不明だったから会長に退いたのは、仕方がない。この2年もの間、息子が、なんとかうまくかじ取りができているので、このままでいく予定だそうだ。

 ということは、私は楽隠居状態なのか。浮浪者からどういうふうに生きて行こうかと思っていたから、かなりホッとしている自分がいる。だが、私がなぜ、そんな状態になったのかは誰も知らない。私すら、わからないのだ。とにかく、うまくつじつまを合わせて、これからを乗り切らないといけない。

 妻の連絡を受けて、息子が帰ってきた。彼はまだ30歳。若くして社長になったものだ。
「おやじが見つかったって?」
「いったい、どこで何してたんだよ?」
いきなりどやしつけられた。
「貴志、そんなに畳み掛けないで。」
「どういうことだよ。2年もほったらかして。」
「おとうさん、記憶喪失で何も覚えてないのよ。」
「本当なんか?」

 確かにこの状況を見れば、この息子が四苦八苦して会社を回してくれていたんだなということが分かる。だが、私には会社経営の経験がない。前人生ではなんとか若者の中で進めてきただけだから、200人規模の会社経営なんてどうしたらいいのかわからない。

「おとうさんね、浮浪者を自立させるリハビリセンターにいたのよ。」
「浮浪者だったっていうのか?」
「何、はずかしいことしてんだよ。」
「貴志、だから言ってるでしょ、記憶がなかったのよ。」
「オレはおやじに言っているんだ。」
どうやら、私が答えないと納得しないようだ。

「今まですまんな。最近の記憶しかなくて、気が付いたときは、すでに浮浪者になっていたんだ。」
「なんで、そんな?」
「私にもわからない。本当に気が付いたとき、すでにボロを着て、体中痒いし、髪の毛は伸び放題、まともに歩けやしなかった。立ち上がると気が遠くなって、病院に運び込まれたようだった。それから、リハビリセンターなのか、自立センターなのか、とにかくそこに世話になっていた。おかあさんに見つけてもらうまで、そんな生活だったのだ。」
「会社の記憶はあるのか?」
「いや、悪いが、わからない。」
「まったく。あてにならんわ。」

 貴志は明らかに怒っているし、興奮している。まだ、どんな性格なのか、よくわからない。でも、興奮しやすい性格なのだろう。それに比べて、母親は割と温和そうだ。
「もう少し、療養してからにしてちょうだい。」
「おかあさんは甘いんだよ。」
「だけど、そんなことは伏せておいてくれよ。」
そういうと、会議があるということで、また会社に戻っていった。

「まあ、とりあえず、ゆっくり元の生活に戻していったらいいじゃないの。」
「ありがとう。すまんね。」
しかし、息子の貴志はかなりいらいらしてるな。大丈夫なのか。ちょっと、業績をしっかりチェックしないといけないかな。とりあえず、数字の見方はわかる。でも、今は妻からいろいろ話を聞くことにしよう。

「私はどんな性格だったのかな?」
「どんなって?貴志と同じでいつもいらいらしてたわよ。」
「そうなのか。多分、今の私はそんな性格ではないように思う。」
「どうやらそのようね。記憶喪失になって、性格も変わってしまったのかしら。」
「そうかも知れないね。」
「今までと違って、温和そうですもんね。」
「こんな私じゃ、嫌かな?」
「あなたはあなた。どんな風になっても、私は一緒にいますよ。」
「ありがとう。」
「でも、どうやって私を見つけたのかな?」
「私専用の探偵がいますからね。あなたは浮気してても、すぐわかりますよ。」
「私が浮気?」
「しょっちゅうしてましたよ。」
「そうとは知らず、申し訳ない。もう、二度とそんなことのないようにする。」
「あらあら、本当にお変わりになったようですわね。」
「今まで、君に迷惑をかけてきたんだな。本当にすまない。」
「そんなに言われると、逆に困ってしまいますわ。」

 彼女からゆったり、すこしづつこれまでの話を聞いた。私はこれまでの性格の人物とは、まったく違う。そんなふうになってしまったのことについて、彼女はどう思っているのだろうか?彼女はずっとにこやかな顔をしていた。ふたりでまったり、時間を過ごした。

「こんなにゆっくりあなたと過ごすなんて、一度もなかったわね。」
「今までの私は本当にどんなんだったんだろう。」
「私は、今の方がいいですけどね。だけど、会社のことをやり始めるとどうなるかしら?」
「人が変わるのかな?」
「ふふふ。」


(つづく)
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2020年09月24日

変わりゆく未来 第23話

 まあ、いい。ちょっとづつ様子を見ていこう。その晩、貴志が帰ってきたので、一緒に食事をすることになった。
「3人で食事をするなんて、何年振りかしら。」
「おやじ、どうなんだ?」
「ああ、体調はだいぶよくなった。」
「いや、そうじゃない。会社のことだよ。」
「今度、内部事情とか、教えてくれないか?」
「そんな暇はない。」
「じゃ、資料を見せてくれないか?」
「用意させるよ。」

 まったく、食事の時くらい、いらいらしなくてもいいのに。でも、今までの私もそんな感じだったのかな。
「おやじ、いつもの厳しさが全然ないな。」
「そうなのか?」
「そうだよ。まったくの腑抜けだよ。」
「おとうさんになんてこと、言うの。」
「こんなんじゃ、なんの役にも立たないよ。」
「オレ一人でやっていくしかないな。いてもいなくても一緒だったな。」
「貴志!」

 不思議と腹は立たない。だって、相手はまだ30歳だ。
「ちょっとづつ会社のことも理解しないとな。」
私は膨大な資料に一つづつ目を通すことにした。最近の決算資料はとても興味があった。会社の状況がわかるからね。

 年間10億もの人件費。200名の社員。少し安すぎないか?税引き後利益は5億円。前の人生と同じやり方をするなら、一人当たり83万円ほどの決算賞与が出せる。でも、ほとんどが内部留保だ。内部留保は100億円以上ある。こんなんでいいのだろうか?社員への還元が全然ない。もっと、いろいろなところに目を向けていく必要がありそうだ。各部門への監査はなされていない。前人生で経験したあの会社の部長は、一人で横領しまくってたっけ。絶対監査は必要だ。いろいろと確認することは多そうだ。

 私は1週間かけて、会社の資料を読み漁り、どうしていくのか、戦略を立てていくことにした。部門ごとに疑問に思える経費実績がでてくる。人件費も一人当たり平均500万円前後だ。平均年齢は45歳なのにだ。全体的に安すぎる。内部留保は100億円もある。これは貯め過ぎだ。会社としては、すぐに人事考課制度を変える訳にはいかないのだろうけど、せめて、決算時に利益を社員に分けることはできる。絶対、みんなの士気向上になる。
 今、売上の大半を占めているのは何なのか?次にやっていくことは何なのか?を考えていく必要がある。また、その中には他社も巻き込んで、やっていく必要もあるかも知れない。

 妻の話によると、私の風貌はかなり変わったようで、恐らく会社の人で会長だと見抜ける人はないだろうとのことだ。とにかく、痩せているし、頭は丸坊主なので、まず、分からないだろうということだ。私は貴志に内緒で、掃除のおじちゃんになって、様子をみてこようと思った。

 会社は、ビルの掃除を業者に頼んでいるので、そこに潜り込んだ。私は週3回のシルバー要員として、行くことになったのだ。なんか、ちょっとドキドキするし、ちょっと楽しい。どんな会社なんだろうか?

 初出社の日、貴志にばれないように、掃除業者の帽子とマスクをして掃除を始めた。大きなビルの10階と11階のフロア全部を借りていた。先輩の掃除のおじちゃんに教えてもらいながら、10階と11階の全部の部門から、ゴミを回収することから始まった。本当に私が会長だなんて、誰も気が付かない。社長の貴志が出張の日を選んだから、貴志にも気にせず社内を見て回れる。なかなかおもしろい。

 営業部門はほとんど誰もいない。そりゃそうだろう、営業なんだから。営業事務の女性は結構暇そうだ。楽しくお話ししている。

 経理は忙しそうだ。だけど、ゴミ箱の中は機密資料っぽいものも入っている。こんなんでいいのかな。いろいろと一通り、回ってゴミを回収し、重要そうな資料はゴミから回収し、自宅へ持って帰った。せっかく、シュレッダーがあるのに、なんでこのまま捨てるのだろうか。コンプライアンス的に問題だ。

 私は1ヶ月ほど、この調子で会社の中を見て回ってみようと思った。妻には一応、話しをしておいた。
「まあ、そんなことで、しばらく会社の中をみて回るよ。貴志には内緒でね。」
「まるで、水戸黄門ね。」
ニコニコ笑っている。

 やはり、1ヶ月も見て回るといろんなことが見えてくる。どこの部門の人がどんな人かもわかってくる。中には私に話し掛けてくる人までいる。お菓子のおすそ分けをもらった。そんな話を毎日、妻にしていると、彼女もなんか楽しそうだ。

「本当に毎日、楽しそうね。」
「会社のことがいろいろ見えてくるんだ。あ、これ、食べる?社員さんからの頂きものだ。」
「あらあら、それじゃ、お茶でも入れましょうね。」
本当にニコニコ楽しそうに笑ってくれる。
「ありがとう。」

 取締役会があるというので、私も参加させてもらうことになった。
「おやじは座っているだけで、余計なことは言うなよ。」
「分かったよ。」
会社までのくるまの運転手から、私を見て、びっくりされた。会社に着くと、総務部長がお出迎えだ。
「会長、お久し振りです。お元気で何よりです。」
「ありがとう。」

「会長、お久しぶりです。」
会う人からみんなに言われる。まあ、そうだろう。私は、社長室で会議が始まるまで待機することになった。
秘書がお茶を持ってきてくれた。
「全然会社に来られなくなったので、心配してたんですよ。」
「すまん、すまん。」

 彼女はその一言で、私が以前と違うことを見破った。さすがは、秘書だ。
「あれ、なんかおかしいですね。でも、だいぶお痩せになられましたね。」
「ダイエットのたまものだよ。」

 完全にバレている。元々の私は、女癖が悪かったらしい。若い子にはかならず、ボディタッチをしていたのに、そんなそぶりもないのは、おかしいと思っているみたいだった。
まあ、だけどこれからは、そんなことされないだけでも安心するだろう。

 会議は私を入れて7名。みんなびっくりしていたが、私は傍聴人だからと言って、会議の模様をじっくり拝見させて頂いた。毎月やっている会議なので、定期的な内容だった。あとは、よろしくと言って、帰ることになった。


(つづく)
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2020年09月25日

変わりゆく未来 第24話

 翌日、掃除のおっちゃんに扮した私は、私の来社の印象を聞けることとなった。案外、トイレに入っていると、いろんな話を聞けるし、掃除のおじちゃんだからか、あまり気にせずに、いろんな話をしている。おかげで情報収集にはもってこい状態だった。

「ここの会社は給料がいいのかな?知り合いがこの会社を受けてみたいと言ってたんで、教えてくれるかな?」
「おっちゃん、そんなよくないよ。初めはどこの会社とも同じような金額だけど、全然増えないんだ。困ったもんだよ。」
「そんなもんかね。」
「そうそう、ボーナスも少ないし、淋しいもんだよ。」
「ここの社長はどんな人かな?」
「まだ、社長になって2年しか経っていないけど、先代と同じように細かいことに口うるさいんだ。たまらんよ。」
「あんまり、評判良くないみたいやな。」

 経理でも聞いてみた。
「ここの若い社長はどんな感じかな?」
「先代と同じで細かいことにうるさいんだ。たまらんよ。」
「そうなんですか。」

 私は会社の状況をいろいろ調べて、あれこれやりたいことは見つかったが、また、この人から移動するかも知れない可能性があるということが、頭から離れず、そうなれば、いくら対応してもすべてが中途半端になってしまう気がした。

 このまま、息子の社長にすべてを任せた方がいいのでは?という気がする。もし、貴志が何か相談してきたら、その時は一緒に考えてみるようにしよう。そう思うと、これからの人生を、妻とまったり過ごすのもいいかと思った。妻といっても、私には初めてお会いする人であり、これからおつきあいする人なのだ。うまくやっていけるのだろうか。

 私自身、この4年間でだんだん女性化してきた感じがあるので、気持ちは多少、女性に傾いている気がしている。だけど、今はその昔、慣れ親しんだ男の体だし、また、心も男としてやっていけるだろう。しかし、移動するならどちらかに統一してほしいものだ。そうすれば、こんなことに悩むこともないのだろう。

 私は一旦掃除のおじちゃんを辞めて、家でまったりすることにした。妻だったこの人と向き合ってみようと思った。
「最近はあまり出歩かないんですね。」
「会社のことをあんまり口出すと、貴志とケンカになりそうなんでね。」
「以前なら、そんなことも普通にしてましたよ。」
「今は貴志のやり方を静観するよ。」
「では、何をするんですか?」
「夫婦の時間を大切にするよ。」
「あら、珍しい。」
「たまにはいいだろう?」
妻はにっこりほほ笑んだ。

 家の資産はかなりのものだった。これまで、かなり頑張って貯めてきたのだろう。その分、妻も苦労したのだと思う。なら、少々二人でのんびりするのもいいだろうと思った。でも、これまでは私がやってきたわけではないのだけれどね。

 それからというもの、連日、妻と出掛けた。一緒に買い物もいいものだし、一緒に食事も楽しいものだ。そうこうしていると、貴志から連絡が来た。
「いったい、いつまで二人で遊んでるんだ?」
「会社に問題があれば、戻るよ。」
「今度、会合があるのだけれど、オレ行けないから、おやじ代わりに行って。」
「了解した。」

 優良企業の集まりらしい。まあ、おつきあいだ。これくらいなら、全然問題ない。いくらでも行ってあげるさ。

 地域の優良企業が集まっての会合で、20数社ほどが集まった。まあ、こういうような会社の親睦会なのだろう。うまく話がまとまれば、コラボレーションしていく感じになるみたいだ。それ以外は、それぞれの会社の社長、役員の親睦会みたいだった。

「いや~、斉藤会長、お久しぶりです。お元気ですか?」
だいたいの方々はそのような感じで集まってくる。その中で、私は一瞬固まった。渡辺社長がいたのだ。私には忘れられない人だ。あれだけ一緒にやってきた人なのだ。忘れるわけがない。当然、私のことなんか覚えているわけがない、いや、この外観ではだれだか、わかるまい。

「あの、初めまして、私、○○の渡辺と申します。」
「ああ、斉藤です。」
平静を装っても、心の中はドキドキだ。
「斉藤会長のところでも、私どもの製品を扱って頂けませんでしょうか?」
うちの会社は商社だから、代理店として扱うことはできる。そうすると渡辺さんのところ以外にも販売範囲は格段に広がるだろう。悪い話じゃない。
「いいお話しですね。前向きに検討させて頂きましょう。」
「えっ、そうですか?!ありがとうございます。」
「ところで、御社の役員が最近亡くなられたと聞きましたが・・・」
「そうなんです。すごくできる人だっただけに、とても残念でした。」
「確か、女性の方でしたよね?」
「よく、ご存じですね。彼女はまだ21歳だったのですが、年齢以上になんでもできる方だした。」
「そんなに若い方だったのですか?」
「そうなんです。これからという時に突然亡くなるなんて誰も思いもしなかったです。」
渡辺さんから彼女の話を聞いているうちに、涙がこぼれそうになった。年なので、涙もろくなっているのかもしれない。

「私のような老いぼれが亡くなるならまだしも、若い方ならこれからの将来もありますし、とても悲しいものですね。」
「いえいえ、会長もまだ若いじゃないですか!そんなこと言わないで下さい。」
私はそれまでお世話になった渡辺さんに、お礼を言いたい気持ちだったけど、そんなことできるわけない。心の中で何度も頭を下げた。


(つづく)
posted by たけし at 12:00| 兵庫 ☔| Comment(0) | 変わりゆく未来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月26日

変わりゆく未来 第25話

 私は貴志に言われて、再び、会社へ出社することになった。ほとんど、相談役的な役割だ。でも、これまでの私を知っている社員は私に近寄らない。貴志同様、かなり口うるさかったようだ。だから、誰も近寄ってこない。当然、暇になる。それなら、家に帰った方がいい。

 まあ、代表の貴志の依頼だから、仕方がない。会長室でのんびりしてるか。と思っていたのだが、私への面会が割と多い。私より、貴志へと思うのだが、昔ながらの方は私の方へくる。

 そんなこんなで暇だと思っていたのだが、結構忙しい。食事にも付き合わされる。我が社への依頼はすべて、貴志へと振った。私は何の権限もないということにして。

 空いている時間は、適当に部門を訪問した。気分であちこちを回った。でも、私がくると明らかに緊張が漂う。とても気を使われる。まあ、しかたないことかも知れない。いつしか、私が各部門を散策することに苦情が来るようになった。

「会長は勝手にあちこちを歩くな!」
と、貴志からもきつく言い渡された。
これじゃ、やっぱり、家にいた方がいいみたいだ。結局、必要な時に呼んでくれということで、私は家にいることにした。

「やっぱり、戻ってきたよ。」
「今のあなたにはそのほうがいいみたいですね。」
「君といるほうが居心地がいいしね。」
「あら、ほんとうかしら?うそでもうれしいかも。」
「ほんとうだとも。」
ということで、また、妻と一緒にショッピングにいったり、食事にいったり、旅行にいったり、のんびりさせてもらった。

 初めは浮浪者でどうなることかとおもったけど、こんなにまったり過ごるなら、これもありだと思った。

 ディナーの帰り、突然、めまいがした。瞬間、意識が飛んだ。ほんの一瞬だったと思う。だが、次の瞬間、からだが・・・痛い。あちこち、痛いのだ。どうなっているんだと思ったときに、私は移動したことに気が付いた。

 視線がやけに低い。私は・・・子供になった。

 母らしき、若い、けばい女性に手を引かれている。手の引き方が・・・結構、乱暴だ。私はからだのあちこちが痛いから、そんなに早く歩けない。なのに、強引に引っ張られる。とても痛いのだ。

「早く歩けよ。」
そう言って、手を引っ張る。途中何度も転びそうになった。痛くて涙がでる。でも、歯を食いしばった。家はアパートの2階。階段がとても辛い。なのに、手が抜けそうな勢いで引っ張られる。叫び声をあげたくなるくらい痛い。一体、私のこのからだはどうなっているんだろう。

 玄関に入ると、思いっきり蹴られた。あまりの痛さに、のたうちまわった。声もでない。この子が何をしたんだ?からだをまわして、上向きになったときに、恐ろしいものを見た。若い男が私を見てニヤリと笑ったんだ。瞬間、からだが飛んだ。激痛で意識が飛びそうになった。もう、死ぬかもしれない。

 「虐待」!

 私は何歳児なんだろう。痛みばかりでわからなかったが、かなりの空腹だった。もう立ってられない。
「喉、乾いてるんだろう?」
男はそう言って、ストローのついた水筒をもってきた。私はむしゃぶりついた。喉もカラカラだったのだ。だが、すぐに吐き出した。異様に辛い。吐き出したものに赤いものが入っていた。辛子だ。男はそばで腹を抱えて笑っている。もうしゃべれない。

「やめな!本当に死ぬよ。」
「だけど、笑うぜ。あの恰好!」

 子供は両親を選べない。こんな親の子になった子供は、本当に死ぬしかないのだろう。この子は生まれてきてずっと、こんな虐待を受けてきたのだ。裸になれば、虐待の印がそこらに付いているんだろう。

「じゃ、そろそろ食事に行こうか。」
「了解。」
そう言って、ふたりは出て行った。私は動けない。痛みと、痛みに耐えてきた疲労感で気を失った。

「ボキッ!」
その音と激痛で目が覚めた。男に蹴られたか、殴られたか、肋骨が痛い。彼らが帰ってきたのだ。
「いつまでも寝てんじゃねーよ。」
「これ、食いな。」
女が菓子パンとジュースを置いてくれた。でも、その場所へ行けない。動くと、激痛が走る。

「早く、いこうぜ。」
そう言って、ふたりはまた、出かけていった。あれを食べないと、本当に死ぬ。そう思って、懸命に這った。それを手に取ったら、涙があふれた。たぶん、気が狂う。こんなんだったら死にたいと、子供はだれでも思うだろう。

 私は少しづつ、少しづつパンを食べ、ジュースを飲んだ。これが生きる糧なんだ。この子にとっての糧なんだ。そう思うと、また泣けてきた。

「おはようございます。どなたかいらっしゃいますか?」
女の人の声がした。だけど、私の声はつぶれて出ない。玄関のドアまでも行けない。
「いませんか?」
いるんだ。ここにいるんだ。助けてほしい。でも、それを伝えられない。

 しばらくして、その女の人は去っていった。私はここから逃げ出さないと、本当に死ぬかもしれない。この子に移動したことより、今はなんとか逃げなくてはの気持ちでいっぱいだった。だが、ちょっとお腹がましになってウトウト眠ってしまった。

「ぎゃっ!」
激痛で目覚めた。ふたりが私の目の前にいた。外はもう、真っ暗だった。
「大丈夫。生きてるよん。」
「そういえば、ちょっと匂うからお風呂入れてやってよ。」
「え~、また、オレかよ。」
「それくらいいいでしょ。男同士なんだから。」
「わかったよ。おい、風呂だとよ。」

 私はなんとなく恐怖を感じていた。でも、脇腹が痛い。そっちの痛みで涙がでた。やがて、お風呂に入る用意ができたようで、私は無理やり、服を脱がされた。
「おい、これ見ろよ。まずくねぇか。」
「見られなかったら、大丈夫よ。」
「おまえも怖い母親だぜ。」
「あんただってでしょ。」
風呂の鏡に映った自分の姿は、アザだらけ。カサブタも多い。

 冷たっ!いくらなんでも、冷たすぎる冷水をかけられた。もう、声もでない。
「さあ、洗ってやるから、しっかり立ってろよ。」
もう無茶苦茶だ。頭から全身をボディソープでこすられた。カサブタのところが痛い。多分、折れている肋骨のところが痛い。目に泡が入って痛い。むりやり、口の中にまで入れてくる。死にそうだ。こんなんだったら、風呂なんか入らなくていい。

 「ぎゃっ!」
 今度は沸いた風呂の上澄みの熱いところをかけられた。私は飛び上がった。男は面白そうに笑っている。
「こいつ、面白い踊り、しよんな。ははは。」
早く、この地獄が終わってほしい。そう願っていた。だが、地獄は続いた。

「さあ、風呂、入ろっか。」
そう言うと、私をつかんで、一緒に風呂に入った。あちこちがしみて、痛い。激痛だ。歯を食いしばって耐えた。
「おまえ、なんて顔してんだよ。」
そういうと、いきなり、目の前がお湯に変わった。私は、風呂に沈められたのだ。息が続かない。痛さより、苦しさの方が勝った。早く、息がしたい。だが、ずっと風呂に沈められたままだ。もう、無理・・・。私は死を覚悟した。

「まだ、死ぬのは早いよん。」
死ぬか生きるかのギリギリで、引き上げられた。
「ごほっ、ごほっ。」
私はお湯を吐き出した。もう無理、これでは性格もゆがんでしまう。誰も信じられなくなる。虐待を受けた子供たちは、そんな心境なんだろう。そう思う間もなく、また、お湯攻めを受けた。息ができない。私は死ぬしかない。気を失った。

 べしべし、叩かれて目を覚ました。
「おお、生きとった。」
「あんた、無茶しすぎよ。」
「服、着せたら、そこらにほおっておいて。」
「了解。」

 彼らはまた、出て行った。こんな生活がずっと続くのだろうか?性格がゆがまない子なんていないだろう。私はまた、気を失った。



(つづく)

posted by たけし at 10:00| 兵庫 ☔| Comment(0) | 変わりゆく未来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする