2020年10月28日

小説 「アレスグート」  第16話

 日本より物価が安いこの町では、当分収入がなくても暮らしていけそうだ。ホテルからスーパーマーケットが近い。日本でおなじみの店もある。割と温暖でアップダウンもない平坦な地形のようだ。白い建物が多い印象だ。
 だが、まったく言葉も知らないのに、大丈夫だろうか?なんてことは全然思わなかった。なんとかなるだろうって思った。町を歩くと信号がない。まあ、あんまり車が多くないのでなんとかなるのだろう。朝、晩はホテルで食事をし、昼は散策して外でランチする、そんな感じで過ごした。あまり、日本人なんて来ないのだろう。珍しそうにいつも見られている感じだ。

 ある朝、ホテルで朝食を頂いていると、なにやら騒がしい。厨房で騒いでいる。どうやら、怪我か火傷をしたらしい。医者はいないか?と大声を上げているらしい。この国でも野次馬はいるもので、人だかりになった。そこに、日本語が聞こえてきた。
「お医者様はいませんか?」
お、日本語だ。しゃべれる人、いるんだ。て、オレしか日本人おらんし、オレに言ってるのか?

「医者じゃないけど、治せる。」
オレはいつものように、答えてしまった。
日本語の主は、若い女の子だった。彼女は私に駆け寄り、事情を説明してくれた。それで、火傷をした人がいることがわかった。

「オーケー、通訳をお願いできますか?」
「なんとか、できると思います。」
「じゃ、火傷した人をベットのある部屋につれていきましょう。」
「はい、わかりました。」
通訳をしてくれた娘は、サラという名だと後でわかった。で、火傷をした娘は、サラの友達でマリアと言った。

 オレは、マリアにベットに上向きで横たわるように言った。サラは通訳してくれた。
「サラ、今から見ることを他の人には言わないでほしい。」
「はい。」

 サラはなんで?とは言わなかった。それくらい、マリアの両手の火傷はひどかった。氷で冷やしているものの、多分、痛みは引いていなかったのだろう。かなり我慢して、声を上げないようにしてるのが見てとれた。
 オレはマリアの両手を取った。ん、大丈夫。なんとかなる。マリアのすでに壊死している両手の皮膚を落とし、彼女の脂肪から壊死した皮膚を再生していった。充分な脂肪がある。

「信じられない!アンビリーバボー!」
多分、普通の治療では痕が残るだろうが、マリア自身の細胞なんで問題なく皮膚化された。完全に完了した時には、マリアは熟睡していた。

「サラ、絶対誰にもこのことを言わないでください。」
「おお、あなたは神様です。」
「誰にも決して言わないでください。私とあなたの秘密です。」
「わかりました。黙っています。」

 サラはマリアの側についていたいとのことだったので、オレはひとまず、食事の続きをしようと食堂に戻った。野次馬連中はオレが部屋から出てきたので、ダメだったのかというような悲観的な声を上げて、マリアの寝ている部屋になだれ込んだ。そのあとは、アンビリーバボーの連続だった。

 オレは食事の続きをしていると、コック姿の男の人がたくさんの料理を持ってきて、オレのテーブルに置く。
 はっ?なんじゃこれは?何言っているのかわからない。そこへサラが来てくれた。
「この人はロドリゴ料理長で、マリアの上司です。マリアを助けてくれたお礼です。」
「いや、こんなに食べれない。」
「みんなの感謝の気持ちです。」
「言葉だけでいいよ。」
「どうしても食べてほしいのだそうです。」
「じゃ、みんなで頂きましょう。」

 オレはだんだんことの重大さに気がついてきた。これがマスコミにばれたら、きっと日本へ流れてしまう。そうすれば、佐藤さんたちが飛んでくるだろう。
「サラ、お願いだから、みんなにここだけの秘密にしておいてもらってください。」
「そのように言いますが、多分、無理です。こんなに神ががりなことを見てしまったのだから。」
そりゃそうだよな。その場で火傷の痕も残さないで、治してしまったんだからな。

「サラ、お願いがあるんだけど、聞いてくれないか?」
「なんでしょうか?」
「オレを一人静かにできる場所に連れていってくれないか?」
「私、今から仕事終わりなので、一緒にいきましょう。」
「オーケー。」

 彼女は車で20分くらい走って、一軒の家に連れてきてくれた。周りは自然豊かなところで、雑踏とは縁のないところだった。
「ここは?」
「私の家です。」
「そうなんだ。ありがとう。」

 部屋に入ると彼女のお母さんが迎えてくれた。
「私の母のエミリーです。こちらは、えっと、マイゴットです。」
神様ちゃうし。
「ヒロシといいます。よろしくです。」
サラはしっかり今日の出来事をお母さんに話をした。あんなに内緒って言ってたのに、困ったもんだ。仕方がない。サラは自慢の紅茶をご馳走してくれた。

「君のお母さんはどこか悪いみたいだね。治そうか?」
「えっ、わかるんですか?」
「見たら、だいたいね。」
「ぜひ、お願いします。」
「治療が終わると寝てしまうので、ベットのある部屋じゃないと無理なんだ。」
「わかりました。」

サラはリミリーにその旨を伝えてくれて、ベットの部屋に案内してくれた。オレはベットに腰掛けたエミリーの手を取った。足腰が弱っている。この筋肉の量だと、この体重を支えられない。それに多分リュウマチだと思う。

「サラ、エミリーの脂肪を使わせてもらうよ。目が覚めたら少々痩せているけど、びっくりしないように、おかあさんに伝えてくれる?」
「わかりました。」
サラが伝えている間に少なくなっている足腰の筋肉を脂肪から再生した。もう、彼女は寝込んでしまった。それから、上半身の脂肪も使って、インナーマッスルも増やした。あとは、リュウマチだけど、骨の関節と軟骨、こちらの悪いところは全部修復。全身の脂肪の調整をして、多分、20キロは痩せてしまったようだ。

「サラ、見たらわかると思うけど、多分20キロは痩せてしまった。ごめんね。」
「すっごい、どうしたら、こんなに一瞬で痩せれるの?」
「リュウマチは治っているし、普通に歩けるし、もう大丈夫だよ。」
「あなたは神様なの?本当にありがとう。」

 サラはオレに抱きついてきた。サラにも悪いところがある。
「サラ、君にも問題があるね。」
「えっ、私ですか?」
「ついでに治しちゃおうか。」
サラにおかあさんの横に寝てもらった。彼女は子供が産めない。子宮の病気だった。でも、こんなことはすぐに治せる。サラも眠りについた。

 オレはもんびりサラの入れてもらった紅茶をゆっくり頂くことにした。

 しばらくして、一人の男は部屋に入ってきた。その男はオレに向かって、いきなりどなりちらした。サラたちのいる部屋を確認すると、銃を向けて怒鳴ってくる。オレは片言の英語でサラと友達だと何回も言ったが、理解してもらえない。もう、本当に撃たれるかと思ったら、サラが起きてきて、事情を話してくれた。

「私のお父さんのカルロスです。彼はヒロシです。」
「よろしくです。でも、銃を向けられたときは、死ぬかもしれないと思ったよ。」
「ごめんなさい。お父さんがこんなに早くに帰ってくるとは思わなかったので。」

そこへエミリーが起きてきた。
「オーマイゴット!!!」
カルロスはびっくり仰天。当のエミリーも鏡をみて仰天。サラがちゃんと説明してくれた。そりゃびっくりしただろう、20キロも痩せたエミリーをみたんだからね。そのエミリーもあまりに軽やか動けることにびっくりなんだ。

「サラ、さっき君の病気も治したから、もう子供が埋めるんだよ。」
「そんなまさか?」
生まれつき、子供が産めないと知っていたのだろう、家族みんな涙目になって喜んでいた。オレはカルロスの手に触らせてほしいと言った。こうなりゃ、何人でも同じだからね。でも、カルロスはどこも悪いところはなかった。

 お昼はサラの家にご馳走になった。夕方、ホテルに送ってもらって、マリアの様子を見に行った。

 マリアはまだ寝ていた。でも、火傷の痕は残っていなかった。オレは一旦部屋に戻り、シャワーを浴びた。ゆっくりしていると誰かがノックしている。そこには、元気になったマリアとサラがいた。

「ありがとうございます。こんなにきれいに治して頂いて。」
「治ってよかったね。」
「それに、最近太ったなと思っていたんですが、それも治して頂いてほんとにうれしいです。」
脂肪は治すのに使っただけなんだけどね。
「君の笑顔が見れてよかったです。」
「マリアが晩御飯をおごらせてほしいんですって。」
「それはありがたい。よろしくね。」

 晩はホテルから出て、レストランに行った。今日はいろんなことがあったし、いろんな人と知り合いになれた。
 サラとマリアは、仲の良い友人同士で高校からの幼馴染だそうだ。で、今も同じ職場で働いている。オレもなんとか言葉の壁を取り除くべく、少しずつポルトガル語を覚えているつもりだが、まだまだ言っていることすらわからない。サラの通訳には感謝している。連れていってもらったレストランは解放的で割と大きなホールという感じだ。アジア系の人は私しかいないようで、なんとなく注目されている気分だ。

「今日は本当にありがとうございました。」
「いや、できることをしたまでですよ。」
サラはマリアに自分の病気を治してもらったことも話したらしい。
「あなたは本当の神様ね。」
ここの人は何か変わったことをしたら、神様と思ってしまうらしい。
「私たちは本当に感謝しています。」
「いや、そんなに気にしなくてもいいですよ。」
「でも、なんでこんな田舎町に来ているんですか?」
「休日をゆっくりしたくて、あまり日本人に会わないだろうと思うここに来たんだ。他に意図はないよ。」
「でも、ここは観光地でもないし、特に行くとこもないでしょ。」
「それがいいんだ。」
「おもしろい人。」

 そんなたわいもない話で食事を楽しんでいたら、見知らぬ男がやってきた。なにやら問題がありそうな感じだ。サラとマリアがその男から話を聞いた。
「息子さんが原因不明の病で今にも死にそうなんですって。」
やれやれ、どこ行ってもこんなふうになってしまうんだろうな。でも、助けない訳にいかないよな。
「わかった。すぐに行こう。サラ、通訳お願いできるかな?」
「もちろんよ。私たち、一緒に行くわ。」



 (つづく)


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2020年10月29日

小説 「アレスグート」  第17話

 オレたちは男の車の後について、その男の家に行った。彼の息子はベットの上で虫の息だった。おそらく、10歳くらいだろう。
 その息子の手を握った。寄生虫?!その子の体の至る所に寄生虫がいた。いったい、どこから入り込んだんだろう。小さな虫なので、気が付かなかったんだろう。取りあえず、虫退治だ。ところがその虫は毒素を持っていた。やっつけると毒素がばらまかれる。そうすると、体力のないこの子は死んでしまうだろう。生きたまま、オレが吸い取るしかない。

「サラ、この子に寄生虫が住み付いていて、毒素をばらまいている。体力が弱っているので、手術なんてできない。オレがすべて吸い取るから、それを吐き出すためにトイレを借りたい。」
「説明してみます。」

 すぐさま、OKの返事がもらえた。だけど、生きた寄生虫を吸い取るなんてしたことがない。
 だが、なんとか、虫はそのまま取り込むことができたのだが、あまりの気持ち悪さにこっちが倒れそうだ。ガンみたいにあちこちにいる。主に内臓周辺、筋肉にも隠れていた。それに頭の脳の中にもだ。
 虫は数百匹にも上った。取りあえず、一旦、出してしまわないとオレが持たない。トイレに連れて行ってもらい、一気に放出した。虫から出された毒も出してしまわないと、しんどい。ようやく、全部終わり、彼の元に戻った。これからがまた大変だ。弱っている彼には、脂肪などほとんど残っていない。肉付きのいい母親を見て、お願いした。

「ちょっと、お母さんの脂肪を頂くから、こちらで横になってほしい。それで、彼を助ける。」
サラはすぐにその説明をした。母親は快諾して、オレのそばで横になった。
「ちょっと、痩せて頂きますよ。」

 取りあえず、10キロほど頂いた。それですぐに彼の虫にやられていた内臓を修復した。脳の修復も行った。長いこと寝たきりだったのだろう、筋肉もかなり落ちていたので、こちらも修復した。栄養素も足りていない。とにかく、脂肪から必要な栄養素を再生した。ようやく、彼の体に生命エネルギーがみなぎってきた。これで、大丈夫だ。

「もう、大丈夫。彼は助かるよ。お母さんはスリムになってしまったけどね。」
「彼が起きたら、スポーツドリンクを飲ませてあげてね。それとしっかり食事を食べれせてください。」
サラの説明で、父親はたいそう喜んだ。母親も目が覚めたら、喜んでくれるだろう。

 翌日、小さな町はそのことで持ちきりになった。オレの居場所はすぐに日本に伝わるだろう。すぐにここを出ないといけないな。やはり、このような小さな町だと外国人も少ないし、目立ってしまう。国際都市の方がいいのかもしれない。

 オレは急用ができたことにして、サラとマリアに別れを告げた。名残惜しそうにしてくれたが、仕方がない。町からバスでスペインへ向かった。それから、フランス、ドイツへと旅立った。

 着いた町はニュルンベルグ。ヴェールダー湖とつながっているペーグニッツという川の近くのアパートを借りることにした。とりあえず、1ヶ月。
 ここの大家さんの娘さんは人懐っこくて、世話焼きだ。まあ、何も知らないオレとしては、すっごく助かる。買い物だったり、日常的に知っていれば便利なことは何でも教えてくれる。カミラさん、歳はオレと同じくらいかな。

 オレはカミラさんの部屋でコーヒーをご馳走になっていた。その時、テレビでポルトガルの人命救助した東洋人のニュースが流れてきた。すぐオレのことだとわかったが、知らん振り。

「すごい人がいるもんだね。」
カミラさんは英語でそのニュースの内容を話してくれた。オレってわかっているんで、でも、
「アンビリーバボー。」
なんて言っちゃって、その場をしのいだ。
「手を握るだけで治しちゃったんだって。きっと神様の生まれ代わりだね。」
「デマじゃないの?」
「違うと思うよ。」
そんな感じのやりとりだったと思っている。結構、いい加減な理解だから仕方がない。
 まあ、そんな日々を過ごして、ここでの生活にも慣れてきた。

 この町で3ヶ月。カミラさんのおかげでだいぶドイツ語もわかるようになってきた。
「ヒロシは働かないの?アルバイトなら紹介するよ。」
そうだよな。働きもしないで毎日、ブラブラしてるのも変だよな。

「そうだね。だんだんお金も乏しくなってきたし、お願いしようかな。」
「どんな仕事がいい?」
「まだ、そんなに言葉がうまくないから、多少の肉体労働でもさせてもらえたらいいかな。」
「オーケー、大丈夫よ。すぐに紹介してあげる。」
普通に生活するだけなら、数十年は何もしないで食っていけるんだけどね。

 カミラさんは教会の前の広場にある青果店を紹介してくれた。たくさんの青果を取り扱うお店でハイケさんが店主。くるまの荷台から青果を持ってきて並べるのだ。午前中の3時間くらいの仕事だ。ちょっと、筋肉を増やしてやれば、たやすい仕事で、たいした儲けではないが、何もしないよりよっぽど楽しい。

 カミラさんも良くしゃべるけど、ハイケさんも良くしゃべる。ちょっと早口なので、何言っているのかわからないことが多い。
「ヒロシはそんな細くって運べるの?」
おっとどっこい、インナーマッスルはかなり強化したから全然大丈夫だ。
「なんとか、大丈夫です。」
「絶対、終わる頃に根を上げてるわよ。」
「じゃ、ビール1杯、かけますか?」
「いいわよ。」
オレが馬力を上げて、ガンガン運んだもんだから、あっという間に作業完了。ハイケさんは目を丸くして、
「その細いからだのどこにそんな力があるのよ?」
「ビール、お願いします。」
「仕方がないわね。」

 その日の夕方からハイケさんとビアガーデンへ。まあ、そんなに飲める方じゃないんだけど、少しは付き合えるかなと思っていたが、飲む量が半端ない。ジョッキがでか過ぎでしょ。日本の生中の3杯くらいありそうなジョッキなのだ。

「日本人はそんなに飲めないと聞いたことあるけど、ヒロシは飲めるの?」
「いや~、こんなジョッキでは2杯くらいが限度かも。」
「何いってるのよ。おごってあげるんだから、もっと飲みなさい。」
「この細いからだにはそんなに入りません。」
「ゆるさないわよ。」

 えらいことになってしまった。もっと、えらいことに、ハイケさんの同業の仲間も集まってきた。オレの歓迎会だそうだ。こうなったら、飲めや、歌えやの大騒ぎ。まだ、明るいんですけど。でも、いい町だ。

 オレの能力はアルコールも自由自在だった。どんなに飲んでも自分で調整できる。適当にほぼ全部をおしっこにして出せるので、全然酔わない。喉越しだけ楽しんで、酔う程度は少しにできるのだ。おかげでハイケさんと楽しく飲むことができたし、青果市場のみんなと楽しめるようになった。それもこれも、カミラさんのおかげかもしれない。

 もうすっかり市場の仲間になっていた。こんな生活だって楽しいもんだ。仕事の給料でなんとかアパート代も出せるし、生活もできる。オレの財産にはまったく手をつけていない。でも、みんなとこんなに楽しく過ごせるなんて、思ってもみなかった。ドイツ万歳!

「ヒロシは結婚してるの?」
いきなり、ハイケさんが聞いてきた。
「いや、結婚してないよ。バツ2だけど。」
「バツ2なの?離婚?」
「いや、2人とも亡くなったんだ。」
「悪いこと聞いたわね。ごめんね。」
「いや、いいんだ。もう、大丈夫だから。一人は子供を助けようとしてくるまに引かれて亡くなったんだ。もう一人は無差別殺人の被害者なんだ。」
「悲しい過去を話させてごめんね。」
「大丈夫、もう悲しい記憶とは決別しているからね。」

 ハイケさんは40代中頃で、一度結婚しているが別れて今は一人で人生を謳歌しているらしい。
「じゃ、そろそろ新しい恋をしなくちゃね。」
「いや、別にいいよ。」
「やっぱり、まだ気にしてるんだ。」
「そんなことないよ。」
「ほんとかな?」
「ほんとさ。」

 あとからわかったのだけど、ハイケさんはオレのことを気に入っている青果市場のある女の子を紹介したかったらしい。だけど、オレはもう30半ば。ん、まだ適齢期か?

 三度目の正直っていうやん。今度は大丈夫なんやろか?ハイケさんに紹介された娘は、シモンさんと言った。20代半ばくらい。身長はオレよりちょっと低いくらいだから、170はある。
ほっそりとした、茶色の髪をしたかわいい娘だ。

「ヒロシ、どう?シモンと付き合ってみない?」
「じゃ、ハイケさんも一緒に飲みにいきますか?」
話したこともないし、市場で見たこともない。ほんとに市場で働いていたのかな?
「いいねえ、気に入ったら二人でホテル行ってもいいよん。」
「日本人はそんなすぐにしません。」
「さよか!」

 市場のみんなとワイワイ飲んで、おとなしく飲んでいるシモンさんと話をしてみた。
「こんばんわ。楽しんでますか?」
彼女は小さな声で、
「はい。」と言った。

 どうやら、オレを前にして緊張しているようだった。もっと、普段の自分を出せばいいのに。
「いつ頃から、オレを知ったの?」
「あなたが市場で働き始めたときから。」
そんなときから、見てたんだ。
「ハイケさんに聞きました。奥様を亡くされたこと。」
「ああ、いいんだ。昔のことだ。いろいろあって、今は気にしていないよ。」
「私なら無理です。一生一人でいます。」
「じゃ、オレと付き合うのやめとく?」
「それは。。。」

「ハイハイ、楽しくやってますか?」
カミラさんだ。カミラさんもシモンさんを知っている。
「シモン、どうするの?ヒロシはいいやつだよ。シモンがやめるなら、私が名乗り出ようかな?」
おいおい、そうなるか!もう、カミラさんとは旧友のような感じだ。
「いえ、それは。」
シモンさんは困った顔をした。そこへハイケさんも合流。
「はい、お付き合い決定!みんなで乾杯しよう!」
「おお~!」
「プロスト!」
なんかむりやり、付き合わされた感じだ。

 そんなことがあって、オレとシモンは付き合うようになった。付き合うといっても、一緒に買い物行ったり、食事をする程度だ。
 彼女は、ちょっと内向的だけど、一途な情熱を感じる、そんな娘だ。恵美とも香織とも違う。オレはちょっと迷っていた。恵美や香織のように、死なすことになったら、と考えると、ここまでにしておいた方がいいような気がしていた。



(つづく)


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2020年10月30日

小説 「アレスグート」  第18話

「あんたら、まだ何もしてないのかい?」
「あいかわらず、ど直球やな。まあ、ぼちぼちお付き合いしてますよ。」
「そんなプラトニックやったら、いつまでも続かんよ。はよ、することしとき。」
「はい、はい、了解。」
とまあ、日本語やったら、こんな感じかな。ハイケさんとのやり取りはいつもこんなもんだ。

 シモンはオレの部屋を見たいと言って、オレのアパートに訪れた。まあ、何もない部屋だから殺風景だけどね。この部屋にある一番高価なコーヒーをと思い、お湯を沸かしていると、彼女は神妙な顔をして、口を開いた。
「ヒロシさんとのお付き合いで、まだ、言っていないことがあるんです。」
「んっ?何かな?」
「これから先、絶対に言っておかないといけないんです。」
かなり顔が引きつっている。相当、勇気のいる話なんだろう。

「無理に言わないでいいよ。」
「そういう訳にはいきません。」
「わかった。君がそれほどまで言うなら、しっかり聞かないとね。」
彼女は生唾を飲み込んで、しばし、口を閉ざした。それから、意を決して、
「これを見たら、嫌いになるかもしれません。でも、いずれ絶対にわかることなんです。」
そういうと、涙を流し始めた。

 もう、茶化す訳にはいかなくなった。シモンは本当に生死を賭けるかのように、ブラウスのボタンを外していった。そこには大きなアザが見えた。多分、小さい頃、大怪我をしたのだろう。胸の中央からお腹の辺りまで、多分、人によっては気持ち悪く見えるくらいの大きなアザだった。

 シモンは下を向き、ポタポタ涙を流していた。とっても勇気がいったんだろう。オレは彼女を抱きしめて、こう言った。
「ちょっと、目をつむってくれるかな?」
「この傷に触ってもいいかい?」
シモンは目をつむりながら、うなずいた。

 オレは片手で彼女のアザに触れた。大丈夫だ、この程度なら治せる!片手で彼女が倒れないように抱きしめ、片手でアザの修復を進めた。シモンはすぐに、気を失った。オレは立ったまま、彼女を支え、アザのはじからはじまで、すべて修復した。
 もともと細身のシモンの脂肪を使ったので、ますます、細くなってしまった。申し訳ないので、オレの脂肪を少し補充しておいた。で、そのまま、オレのベットに寝かせつかた。
 オレはというと、コーヒーを一人で飲んで、シモンの寝顔を見つめていた。そんなに大きくないおっぱいだったけど、多少、大きくしておいた。アザの部分は綺麗さっぱりなくなって、白い綺麗な肌に変わっていた。我ながら、この能力に感謝だ。

 2杯目のコーヒーを飲み終えた後、シモンは目覚めた。
「ごめんなさい。気を失ったのね。」
「まあ、いいさ。君のかわいい寝顔が見れたからね。」
シモンはマジな顔をして、こう言った。

「見たでしょ。嫌いになった?」
「どうして?綺麗なおっぱいだったけど?」
「何言っているのよ。大きな醜いアザのことよ。」
「どこにそんなアザがあるんだい?」
「えっ?」
彼女は毛布の中で自分を確認した。そこにはもうアザなんてない。
「えっ?」
また、シモンは言った。

「なんで?」
「だ・か・ら、綺麗なおっぱいだったよ。」
「そんな、どうなっちゃってるの?」
「何か、あったのかな?」
「あなたが触ったから?魔法つかえるの?」
「いや、いや、オレ魔法使いちゃうし。」

 彼女は泣き出した。その声にカミラさんが飛んできた。なんで、そんなに早くカミラさんが来るんだ?そこで待機してたな。
「ヒロシ、あんた何したん?」
「いや、オレ、何もしてないけど」
「シモン、泣いとるやん!」
「だから、何もしてないよ。」
「何もしないから、泣いてるのね。ちょっと、女心わかってるの?」
おいおい、そんな展開になるか!

「カミラさん、ヒロシさんは悪くないの。私、うれしいの。」
「なんで?ヒロシが手を出さんからでしょ?」
「そうじゃないの。アザが消えたのよ。」
そう言って、シモンは胸をカミラに見せた。カミラは目を見開いた。そう、カミラもシモンのアザのことは知っていたのだ。
「彼が手を、アザに手を当てたら、消えちゃったのよ。」
「ほんと?なんで?」

 オレは二人分のコーヒーを入れて、彼女たちに持って行った。
「まあ、奇跡やろうね。とにかく、よかったじゃん。」
「あんた、ホントに手を出さん男やね。」
「女は待ってるもんよ。」
「カミラさん、私が気を失ったから、私が悪いの。」
「普通はチャンスとばかり、やるやろ?」
「カミラさんには参ったわ。」

 結局、そんな話になって、変に盛り上がり、夕方、オレはシモンを送っていった。送っている途中で、やっぱり、三度目の正直かな?って気持ちになって、シモンと生きていきたい、そう思うようになった。

 それからはシモンも明るく、もっとしゃべるようになった。青果市場でも、いつも一緒にいるようになった。まわりも応援してくれている感じで、いつもより、楽しく過ごすことができた。

 シモンはオレと同じように、一人住まい。シモンの両親は車で1時間くらい離れた田舎に住んでいる。彼女は今度、行くから一緒に行かないかと誘ってくれた。オレはすぐにオーケーした。
 だが、シモンは車の中でだんだん浮かない顔になっていった。彼女のお父さんは外国人嫌いで特に東洋人は大嫌いらしい。そんな難関があったのかよ。

「やめとこか?」
「いいの。これも避けて通れないことなんだから。」
「わかったよ。」
1時間なんてすぐだ。彼女の家に着いた。車の音で、彼女の両親とも家から出てきた。シモンの顔を見るや、とても喜んでいる。でも、オレの見るや、お父さんはものすごい怖い顔になった。お母さんは、、、目が見えないらしい。

「お父さん、ヒロシさんよ。」
「誰が東洋人なんか、連れてきていいといった?」
とっても不機嫌だ。

「はじめまして、ヒロシといいます。よろしくです。」
「ヒロシさんね、よろしくね。」
お母さんは優しそうな人だった。目は開いているけど、見えないそうだ。
「そんなやつ、家にいれるな。」
お父さんはかなり機嫌が悪い。オレのせいか?
「大丈夫よ。さあ、行きましょう。」

 と、そこで、お母さんはいきなり、
「顔を見せて。」
と、オレの顔を両手で触ってきた。オレはじっとして、好きにさせた。その手の感触から、目はすぐに治せそうだと感じた。
「いい男ね。シモン、いい彼氏ね。」
そんなんでわかるものかな?シモンは嬉しそうだった。

 家に入ると、お父さんは仁王立ちだった。
「誰が入ってもいいと言った?おまえの国はどこだ?」
「お父さん、いい加減にして。私の彼氏よ。そんなひどい対応、ないじゃない!」
「そうよ、お父さん、もっと好意的に接してあげてちょうだい。」
「ふん。」
そのまま、居間から出ていってしまった。

「ごめんなさいね。困ったお父さん、許してね。」
「いえいえ、何も気にしてませんから、大丈夫です。」
そんな優しいお母さんを見て、シモンもお母さん譲りの優しさなんだろうと思った。

「あの、大変失礼なことをお聞きしますが、その目は生まれつきですか?それとも事故か何かで?」
「これはね、シモンが3歳くらいの頃、事故に合って、視力をなくしてしまったの。」
「そうなんですか!治したいと思いませんか?」
「治るものなら、治したいわね。お医者さんも難しいって、言ってるのであきらめてるの。」
「そうですか。でも、見えたらすばらしいですよね。」
「そうねぇ。見たらね。」

 オレはシモン目配せした。シモンは「えっ?」という顔をした。
「お母さん、今からその目、オレに治させてもらえませんか?」
「ヒロシさんはお医者さんなの?」
「違いますけど、信じてください。絶対見えるって、信じてください。」
「はぁ?」

 オレはお母さんの後ろに立って、両手で目隠しをした。
「暖かい手。ヒロシさんは優しい人なのね。」
「オレを信じて。見えるって信じてください。」
オレは、おかあさんの脂肪を使って、角膜を再生し、視神経も悪いところを治した。脳との接続もうまくいっていなかったので、そこも治した。今回は、気を失うこともなかった。

「いいですか?両手を外したら、ゆっくり目を開けてくださいね。」
オレは目で、おかあさんの目の前にシモンが立つよう、指示した。シモンは半分信じてなかったようだ。でも、いたずらっぽく微笑んだ。

 オレはそっと、両手を外した。
「ゆっくり、目を開けてくださいね。」
おかあさんはゆっくり目を開けた。そこにはシモンの姿が、微笑んだ顔があった。
「なんてことなの?シモンね、あなた、シモンね。立派に成長したのね。」
「お母さん、見えるの?」
「見えるわ、家の中もシモンも。あなたがヒロシね。ありがとう。」
「どんなことしたの?本当に見えるようになったわ。」

 その声にお父さんも飛んできた。
「おまえ、見えるのか?本当に見えるのか?」
「見えるわ、何年振りかしら、お父さんの顔。」
「おお、神様。ありがとうございます。」

 シモンも嬉し涙を流していた。よかったな。家族3人、抱き合って喜んでいた。こんなことなら、なんどでもやってあげるさ。
 そこからは、お父さんもオレを見る目が変わった。怖い形相がとことん優しい顔になった。完全にオレを受け入れてくれたみたいだ。すばらしい彼氏をもったシモンをほめまくりだ。

「ところであなたはどんなことをしたの?」
「お母さんの目を両手で包んだだけです。」
「うそ!ほんとのこと、おっしゃい。」
「ヒロシは私のアザも治したのよ。」
「ゴットハンドの持ち主だな、おい。」
「実はそうなんです。ゴットハンドなんです。でも、ここだけの内緒にしてくださいね。あまり、世間にわかってしまうとプライベートな時間がなくなってしまうので。」
「そうか、わかった。俺たち家族だけの秘密だ。」
単純なお父さんだ。



(つづく)


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2020年10月31日

小説 「アレスグート」  第19話

 その日はたくさんの料理とたくさんの楽しい会話のあるいい日になった。翌日、また、市場のある町へと帰った。

 その帰り道、シモンはどうしても気になっていたのだろう。
「私にだけ、本当のことを教えて。絶対内緒にするから。」
「わかったよ。実はオレの能力なんだ。」
「能力?」
「医者じゃないから、病気や怪我の名前まで知らないことが多いけど、なんでも治せてしまう能力さ。」
「ほんとなの?」
「現に君のアザも消えただろ?お母さんの目も治っただろ?」
「もっと言うと、ウィルスや病原菌もやっつけることができる。」
「町ではやったインフルエンザとかも?」
「その通りだよ。」
「それに手を触るだけで、体の調子もわかる。」
「すごいのね。」
「君はもう病気知らずで過ごすことになる。オレは全部治しちゃうんでね。」
「そんなことって、本当にあるの?」
「おいおい、ちゃんと前見て運転してくれよ。」
「でも、すべてがすべてうまくいくわけじゃない。ひどい重態な患者は治せるかどうかわからない。」
「軽いうちは治せるけど、瀕死の場合は無理なんだ。」
「そうなのね。」
「これはほんとに秘密だよ。」
「うん、わかったわ。絶対に秘密にする。」

 ああ~、また、言ってしまった。その前にやってしまったから仕方がない。


 だが、それからしばらくして、シモンまでが大変なことに巻き込まれてしまったのだ。


 市場で荷車から荷物を降ろしていたシモンは、その荷車の車輪が壊れ、その下敷きになった。その時オレは商品を並べていた。
 突然、騒々しくなった。オレが目を向けるとすでに黒山の人々。大急ぎでその場所に向かうと、シモンが下敷きになって、口から血を流し、胸からお腹辺りが荷車の下敷きになっていた。

「シモン、シモン、意識をしっかり持って。」
オレが耳元で叫ぶと、シモンは小さくうなずいた。握った手からすべてがわかった。

 肋骨が折れ、肺に突き刺さっている。その近くの臓器もひしゃげていた。心臓はかろうじて小さく打っている。背骨も完全に砕けていた。今のシモンの脂肪では全部は無理だ。

「おーい、そこの人たちオレの側に来てくれ。」
「あんたたちは荷車から荷物を降ろし、この荷車を持ち上げてくれ。」

 集まってもらった5,6人の男女にこう言った。
「今から、あんたらには痩せてもらう。気を失うが、死ぬわけではない。」
「意味がわからないだろうけど、シモンを助けるためだ。協力してくれ。」
「わかった。で、どうすればいい?」
「みんなの手を握って、最後にオレがその手を握らせてくれ。」
「そんだけかい?」
「ああ、それだけでいい。」
「そんな簡単なことでいいだな。」
「ああ、そうだ。」

 オレは彼らの手を握ると、一気に脂肪を吸収した。とたん、彼らは気を失いその場に倒れた。見ていた野次馬連中は悲鳴のような声を上げる。そんなことにかまってられない。一刻も早く、シモンを助けないと。

「シモン、分かるか?オレだ。ヒロシだよ。」
うっすらと、かすかに目を開けた。あまり、力のこもっていない目だった。もう、一刻の猶予もない。荷車からはまだ荷物をおろしている。

「早くしてくれ。もっと早くだ。」
オレはかなりいらだっていた。シモンまでも逝ってしまう。

 その時、シモンの目の光がなくなっていくのを、感じた。
「シモン、だめだ。まだ、逝っちゃだめだ。オレが助けるから、ここにいろ!」
そう言いながら、肺の一部を治した、壊れた臓器を修復していった。心臓が止まりそうだったので、なんとか動かした。

「おい、まだか。早くどけてくれ。」
「もうちょっとだ、待ってくれ。」
荷物がなくなると、一挙に荷車が持ち上げられた。

 その瞬間、さらにシモンの体の中は悪化した。
「待てよ、待ってくれ。オレがすべて治すから。頑張ってくれ。」
肺に刺さった肋骨を元に戻し、肺も修復した。心臓もその間しっかり動かした。だが、シモンの意識が体から抜け出ようとする。

「シモン、気を確かに持ってくれ。まだ、逝くな。すぐのオレが治すから。」
だが、シモンの意識がどんどん体から離れていく。もう、だめなのか?

「頼むから、待ってくれ。逝かないでくれ。」

 そう言いながら、次々と臓器を修復していった。背骨も完全に元に戻した。
 血が足りないのか?脂肪で血液を作り出し、どんどん、体内に送りこんだ。血管も破れたところを修復し、その流れに耐えれるようにした。これ以上にあとどうしたらいいんだ?



(つづく)


posted by たけし at 17:00| 兵庫 ☀| Comment(0) | アレスグート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月01日

小説 「アレスグート」  第20話


「お願いだ。シモン、離れないでくれ。ここにいてくれ。」

 オレは絶叫した。市場はその声に静まり返った。

 シモンの手から温かみが感じ取れた。少しずつ元に戻っていく。彼女の意識も戻ってきてくれた。もう、大丈夫なのか?そう、感じたオレは意識を失った。


 オレが気がついたのはベッドの上だった。最初に飛び込んできたのは、シモンの顔だった。良かった、助かったんだな。それから、カミラさんもハイケさんもいる。シモンの両親もだ。みんなの笑顔で安心できた。

「あんた、何者だい?シモン、傷一つなかったんだよ。」
「それに周りのみんながガリガリになってびっくりしたよ。」
「あんたの周りが光に包まれたんで、みんな大騒ぎさ。」
「今回の事故で怪我人一人なし、当然、誰も死んじゃいない。」
「あんたはもう3日も寝たままだったのさ。」
「だいじょうぶかい?」
「すっごい、テレビニュースになってるよ。」

 みんなからの言葉で、どうだったのか、だいたい理解できた。また、やっちまった、それもまた進化したみたいだ。

 みんながシモンと二人にしてくれた。
「ありがとう、助けてくれて。」
「何言ってるんだ。あたりまえだろ。」
「私はなんともないわ。むしろ、前より良くなった気がするの。」
「それは良かった。」
「あなたはどう?」
「オレはゆっくり休んだんで、もう大丈夫だ。」
「無理しないでね。」
「ああ、大丈夫だよ、安心して。」

 シモンの手を取り、もうどこも悪いところはないと確認した。オレ自身も問題ない。ちょっとパワーを使い過ぎて倒れたというところだろうか。今はちゃんと回復している。
「しばらく、外に出ない方がいいわ。」
「んっ?どうして?」
「マスコミが大変なの。」
シモンは笑いながらそう言った。

 窓から下を見ると、大勢の人だかり。とてもじゃないけど、外に出れそうにない。シモンにテレビをつけてもらった。やはり、ローカルニュースはあの事件で持ちきりだ。
 ネットではもっと流れているんだろうな。間違いなく、あの組織はオレを追ってくるに違いない。
「ねえ、シモン。」
「なあに?」
「オレはこんな騒ぎは苦手なんで、ちょっと収まるまで旅してくるよ。」
「どういうこと?」
「テレビで人前に出たりするのが嫌なんだ。」
「もしかして、私より、シャイ?」
「そのようだ。」
シモンは笑っていた。
「私もついていっていい?」
「今回は一人にさせてほしい。落ち着いたら、帰ってくるから。」
「残念、一緒に行きたかったのに。」
「ごめんね。オレの気持ち、理解してくれてありがとう。」
「ううん、いってらっしゃい。」
そう言いながら、戻ってこれるかなんてわからなかった。

 翌日、オレは旅立つことを知っているシモンと二人で、駅に向かった。シモン以外はこのことを知らない。シモンには、せめて見送りだけと言われて駅まで来た。

 駅で切符を買っているとふいに聞き覚えのある声がした。
「高橋さん。」
振り向くと、目の前に佐藤さんが立っていた。遅かったか。

 とっさに移動しようとした。
「待ってください。私の話を聞いてください。」
「おまえたちのうそに付き合わされるのはもうたくさんだ。」
「それは申し訳ないと思っています。だから、私の話を聞いてほしくてここまで来ました。」

 シモンはきょとんとしている。それもそのはず、日本語の会話なんて分かるはずもなかった。
「話すことなど、何もない。オレを利用してただけなんだからな。」
「もう、うそなんてつかない。ちゃんと真実を話します。」
シモンもオレの顔を見て、この人は好きな人ではないと感じているのだろう。でも、
「ねえ、話だけ聞いてあげたら?」
そう言ってきた。

 駅前のレストランで佐藤さんと話をすることにした。シモンも一緒だ。
「ポルトガルの事件であなたがヨーロッパにいることが分かりました。」
「今回の事件はかなり大きな波紋となって伝わってきたので、私が急遽、ここにくることになったのです。」

 やはり、分かってしまっていたのか。
「その時に助けたのは今の恋人のこの方ですね。」
「オレはあなた方の協力は一切しない。自由に生きていくんだ。」
「その気持ちはわかります。」
「だったら、追い回すのはやめてくれないか。」
「もう、こちらの自由にあなたを動かすことはしません。これはビジネスとしてお願いしたいのです。」
「もう、あなた方にはかかわりたくないんだ。」
「そういわず、お願いします。」
「どうせまた何か考えているのだろう。」
「そんなことは一切ありません。」
「なら、あなたの頭の中を読ませてくれ。」
「えっ?」

 オレのその質問に、さすがの佐藤さんもぎょっとした。まさか、そんなことができると思っていなかったのだろう。
「あなたの言葉にうそ偽りがなければ、頭の中をのぞかせてもらっても問題ないだろう?」
しばらく、考え込んだ佐藤さんは、
「わかりました。やってください。」
「じゃ。」
そう言ってオレは佐藤さんの手をつかんだ。

 彼の脳にアスセスして、すべてを読み込んだ。以前に読み込んだ記憶以外に新しい記憶があった。オレを連れて返れと命令されていたのだ。でも、オレが嫌がっているので、仕事があるときだけのビジネスとしてなら、なんとかしてもらえるだろうと考えていた。

「オレを連れて返れと言われていたんだな。」
さすがに佐藤さんはびくっとした。すべて見抜かれていると悟った。オレは手をつかんだまま、
「オレは言いなりにならない。ただし、ビジネスだけなら協力はする。オレは日本に帰らないから、治したい人がいるならここまで連れてきてくれ。それに、オレの周りの人々に危害が加えられたら、この話は終わりだ。」
「それは。。。」
困ってしまっていた。彼の考えは伝わってきたので、すぐにわかった。

「追加料金で行ってやるよ。」
「今まで通り、ビジネスは1億、移動する場合は追加料金1千万、それ以外は一切何もしない。それにさっき言った通り、オレの周りの人には危害を加えないことだ。」
彼はほっとしていた。
「何もしゃべらなくても、思っているだけでいい。これで、あなたも納得だろう。」
オレは手を離した。

「もうひとつ、オレたちの生活に邪魔するやつらが現れたら、排除してくれ。」
「わかりました。」
「では、これで。」
彼はそのまま、帰っていった。

 ほっとしたオレにシモンは食いついた。
「今の人誰?」
「日本の嫌いな人。」
「私にわかるように説明して。」
「だから、オレの嫌いな人。」
「ちゃんと説明してよ。」
「オレを拘束して、自分たちの言うことを聞かそうとしていた人だよ。」
「ヒロシ、そんなことされていたの?」
「ああ、オレを家畜みたいにこき使っていたんだ。」
「なんて、ひどい人なの!」
彼女は完全に怒っていた。
「だけど、今後はビジネスとしてお付き合いだけすると言った。」
「ビジネス?」
「人助けのね。」
「病気とか、怪我した人とかの人助けね。」
「その通り。まだ、死なれちゃ困る有名人の人助けなので、ビジネスとして協力することにした。」
「へえ、そうなのね。で、いくらもらえるの?」
「サイドビジネスくらいさ。」
「なぁんだ、そんなものなのね。」
「じゃ、帰ろうか。」
「えっ、旅に出るんじゃなかったの?」
「この問題が解決したんで、もういいんだ。」
「よくわかんない。」
「ははは、やっぱり、みんなといたくなったんだよ。」
「そうなのね。」

「ところで、ヒロシのご両親に会いたいわ。」
「日本に行くということ?」
「そう。ぜひ私を紹介して。」
「悪いけど、それはできないな。」
「なぜ?」
「もう、空の上だもん。」
彼女は絶句した。
「ごめんなさい。ヒロシはご両親も、奥さんも亡くなってとっても悲しい思いをしてたのね。」
「それに気づかない私って、本当にだめ。」
「そんなことないよ。」
「ううん、私はもっと努力しないといけない。」
なんだ?そりゃ?
「今まで通りでいいよ。そんなに気にしないでいいさ。」
なんか、アパートから駅までの珍道中になってしまった。

 シモンのご両親にもオレの身の上を話した。すでに両親が他界して、親戚もおらず、天涯孤独な状況だってこと。すでに2回結婚していたが、2回とも妻に先立たれて今は一人だということ。
 それでも、シモンをもらってくれと言われた。私がいなかったらシモンはこの世にいない。そんな私のもとなら、安心できるということみたいだ。何より、シモンがオレを好きでいてくれているからということだ。



(つづく)


posted by たけし at 18:00| 兵庫 ☀| Comment(0) | アレスグート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする