2021年02月11日

短編小説 「旅の終わりに」 第1話

 俺は未だ正規社員じゃないし、正規社員というものに憧れもない。また、そうなるべきだという気持ちもない。適当に貯金が貯まったら、旅に出るのが、俺の生き方だ。

 旅の足はくるまだったり、バイクだったり、電車だったり、いろいろだ。海外への旅にも目が行くが、自由が効く国内がいい。最悪、お金が続かなくなったら、その土地でアルバイトすればいい。

 俺はそんな生き方が気に入っている。だから、30過ぎても一人身だ。俺んちは、安いボロアパートの1DKで、家賃3万円。ボロいけど、風呂もトイレもついている。

 今は貯金充填中なので、働いている。どんな仕事かって?学生時代にやっていたプログラム開発が役に立っている。そう、パソコンに向かって、シコシコとプログラムを書いている。そんな仕事でも、なかなかいい報酬がもらえるので、案外、貯金はうまくたまっていく。一応、約束の半年間はじっと我慢して、黙々とパソコンとにらめっこだ。

 俺、青島 渉(あおしま わたる)、32歳。

「青島クン、作業は予定通りかな?」
「あ、はい、一応スケジュール通り進めてます。」
「青島クンは、ホント、遅れたことないよね。」
「はあ。」
「ほめてんのよ。」
この人、俺に指示命令する木島朱里さん。

「ありがとうございます。」
「青島クンは、今月末までだったわよね。」
「はい。」
「もっと、延長してもらえないかしら。」
「それは、会社の方に言って下さい。」
本当は今月末で終わりにしたいんだけどね。

「分かるけど、本人の意思を確認しておきたくって。」
「それなら、予定があるので、延長なしでお願いします。」
「そうなんだ。仕方ないわね。」
「仕事順調なら、一度、食事いかない?」
まいったな。あまり、お金使いたくないんだけど。

「あまり、いい顔してないわね。じゃ、私のおごりで。」
「そんなわけには、いきませんよ。」
「いいじゃない。行きましょう。」
この人、強引だな。

「わかりました。」
「じゃ、今日の仕事の後、赤レンガで待っているね。」
「はい、わかりました。」
まあ、おごりなら、晩飯代浮くし、いいか。

 定時後、俺は今日の予定をクリアしたんで、木島さんの待つ赤レンガへ向かった。まあ、数人いればいいのだが、ふたりだけは苦手だな。

「あ、青島クン。」
「お疲れ様です。」
「青島クンは嫌いなものある?」
「特にはないです。」
「じゃあ、私の好みでいくわよ。」
「はい。」
やっぱり、二人だけみたい。俺は木島さんに、シャレたイタリアンにつれて行かれた。まあ、これなら俺も好きな方だからいいとするか。

「このお店はね、私のお気に入りのひとつなの。」
「なかなかいい感じですね。」
「でしょう。料理は私のお任せでいいわよね。」
そりゃ、おごりなんで、文句は言えないぜ。

「いいですよ。お任せします。」
「オーケー」
なにやらコースを選択したみたいだ。

「さあ、ワインで乾杯しよっ。」
「はい。」
「でも、今月末なんて淋しくなるわ。」
「予定が終わったら、また、お願いします。」
「ね、ね、その予定ってなんなの?」
「旅です。」
「旅行いくの?誰と?」
「いえ、一人旅です。」
「カッコいいね。」
「そんなカッコいいもんじゃないです。」
「誰かと行くなんてことはないの?」
「いつも一人です。」
「ふ~ん。そっか。」
「はい。」
「いつまで行ってるの?」
「お金が尽きたら、帰ってきます。」
「いいなぁ、そんな旅、私もしてみたいわ。」

 俺は、順番に運ばれてくる料理を、ゆっくり堪能して頂いた。
「ね、ね、次も付き合ってよね。」
はぁ~、この次もあるのかよ。まあ、仕方ないか。

「わかりました。」
「青島クン、ふたりなんだし、タメ語でいいわよ。」
「いえ、この方が自分に合ってますので。」
「そうなの?なんか、他人行儀みたい。」

 俺たちは、またまたコジャレたスナックへ入った。
「お、木島さん、ひさしぶり。」
「マスター、彼氏連れてきたわ。」
ちょっ、ちょっ、俺、彼氏かよ。

「今日だけ、彼氏になって。」
困った。
「そんな。」
「いいでしょ。」
半ば強引に、彼氏ということになってしまった。今日だけだからね。

「初めてですね、ようやく、ゲットですか。」
「そうよ。やっとよ。」
「はぁ。」
ほんとうに困ったもんだ。

「青島クンは私のこと、どう思ってるの?」
って、そんなこと聞かれても。
「テキパキと仕事されているんで・・・」
「そうじゃなくって、好きなの?嫌いなの?」
困ったなぁ。

「まあ、いいっか。今日は彼氏ということだし。」
そういうと、俺の腕に絡みついてきた。まあ、仕方ないな。ふたりということは、こんなこともあると考えなかった俺も悪い。

「でも、木島さん、彼氏いないんですか?」
「だって、あなた一筋ですもの。」
ほんとかよ。

「なんで、俺なんですか?」
「ずっと、狙ってたのよ。」
まいったな。そういうことか。

「でも、俺なんて定職についてないし、適当な生き方してるし・・・」
「結婚するわけじゃないから、そんなのどうでもいいでしょ?」
そっか。確かにその通りだ。
「なるほど。」
「明日は休みなんだから、とことん付き合ってね。」
やっぱり、そうなるか。
「無理のない程度に。」
「うれしい。」

 木島さんのピッチはだいぶ早くなって、かなりベロベロになってしまった。よっぽど、俺といるのが嬉しかったらしい。だけど、帰りが大変だった。

 木島さんはまともに歩けない・・・くらい、飲んだようだ。俺は彼女の家も知らないから、送っていきようがない。困ったな。



(つづく)



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2021年02月12日

短編小説 「旅の終わりに」 第2話

「家、どこなんですか?送っていきますよ。」
「うれしい。送って。」
「だから、場所、教えて下さい。」
「内緒。」
それじゃ、送れないだろ。

「ねえ、おんぶして。」
かなわないなあ。俺は仕方なしに木島さんをおんぶして歩き出した。でも、どこなんだろう?タクシーも走ってないし、困ったな。
「家の場所、いい加減に教えて下さいよ。」
「よっ、ストーカー。」
「違いますって。」
「えっとね、私のスマホ、はい。」

 木島さんのカバンからスマホを探し出して見ると、特に暗証番号もなしに開いた。不用心だろ。アドレス帳から彼女の住所がわかった・・・えっ、この近くじゃん。俺はそのまま、地図情報を見ながら、彼女をおんぶして、彼女の家にたどりついた。

 なんか、2軒目からこうなるような気がしてた。とにかく、彼女のカバンから鍵を探して、玄関を開けて部屋に入った。
「さあ、つきましたよ。靴脱いで。」
だめだ、完全に正体なくしてる。

 俺は玄関で、靴を脱がし、抱き抱えて、奥へ入っていった。一人住まいみたいだけど、2LDKもある。ベットのある部屋にたどりついて、彼女をベッドに寝かした。
「じゃ、帰りますよ。」
「う~ん。だめ。」

 まあ、無視でいいだろ。そのまま、俺は帰ろうとしたら、いきなり後ろから抱きつかれた。ちゃんと、意識あるんじゃん。
「だめ、今日は帰らないで。」
「じゃ、コーヒーでも淹れて貰えます?」
「いいわよ。」

 ちょっと、俺も酔ってる。その前に水をもらった。結局、コーヒーを飲みながら、ちょっとおしゃべりして、彼女が望む通りの関係になってしまった。これは絶対に職権乱用のパワハラに、セクハラだ。

 それからというもの、木島さんからのお誘いは週1くらいあったけど、俺の仕事の期限がすぐにやってきて、それも終わりを迎えた。

 ようやく、木島さんの呪縛から逃れられた俺は、中古で仕入れたリッターカーに少しの荷物を積んで、旅にでかけたのだ。

 気分的に潮風だった俺は、海が見える景色を堪能したいがために、海岸線を走ることにした。窓を開けて走ると潮風が心地いい。気に入った砂浜でサンドイッチでも食べながら、のんびり過ごす。これがいいんだ。水平線と雲、波、風。俺はこんな景色を堪能して過ごした。

 夕方になって女の子に声を掛けられた。
「もしかして、旅のお方?」
なんで、わかる?
「だって、他府県ナンバー。」
俺の顔から聞きたいことを読み取って、答えてきやがった。
「そっか。」
「今日はどこか泊まるあて、あるの?」
「まだ、決めてないよ。」
「だったら、うちにおいでよ。」
どうやら、民宿みたいだった。

「案内してあげるから。」
そういうと、俺のくるまの助手席に乗ってきた。なんて、ずうずうしいんだ。でもまあ、いいか。俺は彼女の案内で、民宿へ行った。

「一泊、朝晩付きで8千円ね。」
まあ、手頃な感じだ。
「じゃ、お願いするよ。」
「ありがとうございます。」
そこだけ、丁寧かよ。まあいいか。彼女はこの民宿の従業員(かな?)の本村めぐみちゃん。まあ、俺から言わせると、”さん”より、”ちゃん”だね。

 俺は彼女に連れられて、部屋に案内された。なかなかいい感じじゃん。海も見えるし、潮風もいい。
「晩ご飯は6時からで、お風呂は12時まで自由にどうぞ。で、朝は7時からよ。」
「オーケー、了解。」

 夕方の海の景色はなかなかいい。結構、味わい深い感じだ。俺はどっぷり暮れるまで、景色を堪能してた。おっと、飯の時間を過ぎてしまった。大急ぎで、食堂に向かった。

「遅いじゃない。」
こいつ、お客に向かって。
「まだ、大丈夫でしょ?」
「大丈夫よ、今日はあなただけだもん。」
なんだ、そうか。
「じゃ、ゆっくり食事ができる。」
「はい、ごゆっくりどうぞ。」

 結構、おかずの種類が多い。それぞれ少しづつだが、こんなに種類があると、食べ切るかな。
「女性でも全部たいらげるよ。」
俺の心の声、聞いてるんか。
「わかった。」

 案外、食べるのは遅い方なんで、俺だけだから、周りに邪魔されずに、ゆっくり食べられるというものだ。だけど、この民宿、当たりかもな。こんなに飯がうまいとは。ラッキーだ。

「ごちそうさまでした。」
「あ、そのままでいいからね。」
まあ、普通そうだろう。俺は一旦部屋に戻った。

 窓を開けると、海の遠くに光が見える。たぶん、釣り舟があるのだろう。なんか、波の音と相まって幻想的でいい感じだ。こうなると、俺はそのまま結構な時間を過ごしてしまう。お蔭で、すっかりお風呂の時間を忘れるとこだった。なんとか、間に合うだろう。急いでお風呂に向かった。

 へぇ~、民宿なのに露天か。空には星もいくつか見える。いい感じじゃん。俺はここでまたのんびり広い湯船に浸かっていた。




(つづく)


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2021年02月13日

短編小説 「旅の終わりに」 第3話

「あれ、まだ入ってたの?」
その声に振り向くと、あの女の子が全裸で立っていた。
「まあ、気にしないでいいよ。混浴だしね。」
そうなんか、ドキッとするじゃん。初めに言っとけよ。

「旅はどのくらいの日程なん?」
相変わらず、タメ口だな。彼女はそのまま、湯船に入ってきた。まあ、10人以上は余裕で入れる湯船だから結構広々している。
「気が向いたら、何日でも。」
「へえ、いいなあ。」
「この民宿、家族でやってるの?」
「そうね。でも、今日みたいに人が少ないと私だけだけどね。」
「そうなんだ。大変だね。」

 てか、あの晩飯もこの子が作ったんか?すごい腕前。びっくりだ。
「でも、ないよ。案外、気楽。ところで、お客さん、いくつ?」
いくつって、子供に聞くんじゃないだろ?
「30過ぎ。」
「なぁ~んだ、おっさんじゃん。」
おっさん呼ばわりするか。

「私は18。高校卒業したばかり。」
若っ。そんな年で混浴なんて、恥ずかしくないのかな。
「で、彼女いるの?って、いるわけないか。いたら、ひとりで来ないもんね。」
するどい。この子、結構、推理力あるな。てか、普通か。
「まあ、そうだね。」
「やっぱりね。」

 俺はさっきの晩飯のことを聞いた。
「そういえば、あの晩御飯、君がつくったの?」
「そうだよ。おいしかった?」
「最高だったよ。」
「そう言ってもらえると、張り合いがあるよね。ありがとう。」
案外素直だったりして。

「小さい時から料理作ってるの?」
「ううん、最近。そうね、2~3年前からかな。」
この子、料理、才能あるんちゃうか。

「だって、クックパッドもあるし、分量間違えなかったら、誰だってできるよ。」
そういうことか。
「この露天、いい感じだね。」
「おっさん、変な気、起こさんといてな。」
なっ、なっ、なんということを。そんなことするわけないやろ。だいたい、未成年やんけ。

「大丈夫。俺は理性的な男やからね。」
「へぇ~、そうなん。じゃ、どこまで理性的か試してやろうか。」
そう言うと、俺のそばに寄ってきた。
「あ、元気じゃん。」
ばかやろ。理性とからだは違うのだ。
「どこ見てんだ。向こうへいけよ。」
「からだは正直やね。」
「あほか。」
こんな小娘に翻弄されている。まいった。でも、そろそろ出ないと、湯あたりしそうだ。
「じゃ、先に出るから。」

 手ぬぐいも持たず、風呂に入ったから、前を押さえて、風呂からでた。彼女はゲラゲラ笑ってた。

 ひで~めに合った。もうちょっとで湯あたりするところだったよ。からだが熱くなり過ぎて、うちわでは汗が引かない。水分が欲しい。俺は食堂に向かった。

「やっぱり、来ると思ってた。はい、どうぞ。」
彼女はすでに、氷入りの水を用意していてくれた。なんか、気が利くじゃん。
「ありがとう。」
俺は一気に飲み干した。
「もう一杯、いる?」
「お願いするよ。」
ほっとした。でも、汗は未だ、引かない。

「ね、ね、私、抱きたいと思った?」
いきなり、何言うんだ。
「思わないよ。」
「ふう~ん、私、魅力ないんかな。」
「あのね、そういうことは本気で好きになった人とするもんだろ。」
「そんなもんかね。」
「ああ、そんなもんだ。」
「でも、一夜限りのとか、あるやん?」
「それは、お互い理性がぶっとんでるからだろ。」
「そうか。」
「あ~あ、彼氏欲しいなあ。」
「そのうちできるよ。」
「いい加減な返事。」
確かに何の根拠もない、いい加減な返事だ。

「まあ、そうかもしれないけど、君ならそのうちって思うけどな。」
「本当?そう思う?」
「だって、料理うまいし、いい子って感じもするし・・・」
「料理うまいと彼氏できる?」
「そりゃそうだろ。男ってそんなもんだ。」
「よし、がんばろう。」
そんなこんなで、ようやく汗が引いて、部屋に戻った。

 翌日の朝は・・・こりゃ、やり過ぎだろ?客は俺しかいないのに、この朝食は多過ぎだ。
「おはよう。今朝は何人、いるの?」
「おじさんだけ?」
「これ、誰が食べるの?」
「おじさん。」
「食えるわけないだろ。いくらなんでも多すぎるよ。」
「張り切って、作っちゃった。ちょっとづつでいいから、みんな味見してみて。」
まいったな。どれ。

 俺はそれぞれちょっとづつ小皿にとって、味見してみた。どれもこれもみんなうまい。この子、料理は天才かもな。
「うそ、めちゃ美味しいよ。」
「よかった。彼氏できるかな?」
「大丈夫だよ。」

 さあ、今日はどこまで走ろうかな。俺は荷物をまとめて玄関へ行った。
「もういくの?」
「ああ、楽しかったよ。料理はおいしいかったしね。」
「なんか、淋しいな。」
「また、お客はくるでしょ。」
「おじさん、ずっといてくれるといいな。」
そんなこと言われても、俺は旅人。彼女の淋しげな見送りをミラー越しに、俺は走りだした。

 今日も海岸線沿いに潮風の匂いを嗅ぎながら、快適に走った。いい天気だ。昼からは内陸を走って、緑の景色を楽しんだ。道路脇にくるまを止めて、のんびり時間を過ごした。

 だが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。まあ、そうだろな、山の天気はなんちゃらって言うからな。すぐに降り出した。こんな日は、早めに宿を探すしかないか。とは、いうものの、スマホは圏外だ。ナビは生きているけど、地図情報は古いから、あまりあてにならない。困ったな。

 そのうち、本降りになって、ワイパーフルでもあまり前が見えない。俺はスピードを落として、ゆっくり進んだ。どこか、泊まれるとこ、ないかな。最悪、車中泊だな。

 そこへ俺の視界に入ったのは、宿の看板だった。宿って、民宿なのかな。でも、行ってみるか。

 宿の前に着くと、ちょっと不安になった。これ、やってるのかな。とにかく、くるまを降りて、玄関に行ってみた。営業中。やってるんだ。




(つづく)

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2021年02月14日

短編小説 「旅の終わりに」 第4話

「こんにちは。」
声を掛けたが、誰も出てこない。人いるのかな。いつまでたっても、誰もでてこない。やっぱりダメか。諦めて帰ろうとして振り返ると、目の前に女の人が立っていた。
「うわっ。」
全然、気配がなかったので、びっくりした。

「お泊りですか?」
「はい。」
「一泊ですか。」
「はい。」
この人、全然表情ない。幽霊みたいだ。髪の毛長いし、前を隠して白い衣装きたら、あの怖い映画の人みたいだ。大丈夫なのかな。

「夕食と朝食付きで、8千円です。」
「あ、はい。」
安いな。金額的にはうれしいけど、まだ、不安の方が大きい。当然、客は俺だけだろうな。

「部屋は203号室、あの階段を上がって2つめです。」
「わかりました。」
「食事はあそこの食堂です。夕食は6時、朝食は7時です。」
「はい、ありがとうございます。」
この人、声にも表情がない。ほんと、怖いんですけど。

 203号室の部屋に入ると、なんかじめっとしてる。お蔭で布団もなんか湿っているような気がする。夜中になにか出そうな感じ。窓の外は木々の林でそれ以上は何も見えない。ひどい雨降りをのがれられているのだけが、この宿の長所なのかも知れない。そういえば、先ほどのロビーのそばに本がたくさん並んでいたな。俺は特に何もすることがないので、行ってみることにした。

 そこはお客が自由に過ごせるスペースになっていた。本も小説から漫画までたくさんあった。恐らく、ここのオーナーの蔵書なのだろう。俺は本を選んでソファーに座った。これで、夕食までゆっくりできる。

「何かお飲みになりますか?」
ぎょっ。この人いつの間にか、そばにおる。
「ホ、ホッ、ホットコーヒー、ありますか?」
「わかりました。」

 全然、気配を感じないのに、そばに来るなんて、本当に幽霊じゃないかと思うんですけど。俺は彼女の行方を目で追った。食堂の方へ消えていった。じゃあ、今度は食堂から来るんだろうな。これでいきなり後ろに立っていたら、絶対、幽霊だ。

「うわっ。」
本当に彼女が立っていた。
「驚かせてすみません。なにか、お飲みになりますか?」
「えっ?さっき・・・」
「ああ、妹がすでに対応してたんですね。」

 彼女たちは双子の姉妹だった。びっくりしたよ。お姉さんの方は割と普通なんだが、妹さんはちょっと怖い。でも、二人とも同じ格好だから、遠目にはどっちなんだか、わからない。

 妹さんがコーヒーを持ってきてくれた。俺はそのコーヒーを飲みながら、本に目を走らせた。まあ、たまにこんな時間もいい。

 いつの間にか夕食の時間になって、食堂にいくと、すでに、料理はテーブルにあった。山菜料理が中心みたいだ。この近くで取れるのだろうか。まあ、精進料理っぽくて、それなりにうまい。

「いかがですか?お口に合いますでしょうか?」
「ありがとうございます。美味しかったです。」
お姉さんとは普通に話せる。だが、妹さんはどうも苦手だ。

 食後にまた、コーヒーを頂いた。
「どちらからいらっしゃったんですか?」
「○○県です。」
「そうですか。旅行は長いんですか?」
「いえ、まだ始まったばかりですよ。」
「そうなんですか。でも、あいにくの雨ですね。」
「まあ、そんな時もありますね。」
「旅行することは多いんですか?」
「ええ、もう何十回も。」
「すごいんですね。」
「いえ、いえ、たいしたことないですよ。」

 今日はどうやら俺しかいない。そんな宿ばかりだ。おかげで、俺と話をしたがるみたいだ。
「ここは、お二人で切り盛りしているんですか?」
「はい、お客様は少ないですが、お蔭さまでなんとか成り立ってます。」
「そうですか。」
「それに、お客様のお話しを聞かせて頂くことが、私も妹も楽しみなんです。」
妹さんも楽しんでいるのか。でも、全然表情が変わらないんですけど。

「お客様は独身なんですか?」
いつもこれ、聞かれる気がする。
「ええ、気楽な独身貴族です。」
「いいですね。」
「ははは。」

 そんなこんなで、一旦部屋に戻った。今日は雨だし、外の景色楽しめないし、お風呂にでも入ってこよう。宿の醍醐味は食事とお風呂。俺は少なくとも、そう思っている。

 お湯はやや熱めで、効能が書いてあったので、温泉を引いているんだろう。ゆっくり浸かって、気分が良くなったところで、お水を頂こう。

 食堂に行くと、苦手な妹さんがいた。
「あの、お水を一杯、頂けませんか?」
「はい。」

 この際、苦手と言わず、ちょっと話してみようか。
「あの、おふたりはずっとこちらに住んでいるんですか?」
妹さんは、ビクッとしてしばらく黙っていたが。
「はい。」
「ここと違う場所で住まれたことはないんですか?」
「はい。」
ん~、お姉さんと違って、話が続かない。
「そうですか。でも、いいとこですよね。」
「はい。」
全然、だめだ。

 俺は水を飲みほすと、自分の部屋に戻った。しかし、あんな調子でよく宿なんてやってるよな。ん~、でも、最初は事務的に話をしてくれたっけ。そういう意味では大丈夫なのか。なんとなく、妹さんの方が気になってしまう自分がいた。俺は早々にベッドに横になった。

 夜中に喉が渇いて、目が覚めた。どうしよう、食堂に行っても、誰もいないだろうな。ふと、部屋の机に目をやると、水が置いてあった。あれ、寝るときなかったのに。気が利くと思えばいいのか、なんとなく、怖いと思えばいいのか、良くわからない。でも、助かった。一杯飲んで、そのまま、また眠りについた。




(つづく)

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2021年02月15日

短編小説 「旅の終わりに」 第5話

 翌朝、水の容器をもって、食堂へ行った。
「これ、ありがとうございました。助かりました。」
「はい。」
妹さんだ。夜中に持ってきてくれたんだ。俺はそう思った。

「あの・・・」
「なんでしょうか?」
「今日はどうなさいますか?」
「なんか、天気予報では一日中雨みたいなんで、もう一日お世話になってもいいですか?」
「はい。」

 まあ、宿賃も安いし、もう一泊しようと思っていた。ずっと、雨じゃ、あまり出歩きたくないしね。今日は本でも読んで一日過ごそう。こんなまったりな一日でもいいかと思った。

 朝も割と山菜料理中心だった。まあ、自分で作るんじゃないし、コンビニ弁当でもない、こういう宿の食事は結構いける。

 食事のあと、例の本の場所に行って、好きな本を選んで、のんびりソファーに座った。
「どうぞ。」
また、いきなり、まったく気配なく、俺のそばのテーブルに飲み物が置かれた。毎回、ドキッとさせられる。でも・・・これ、スムージー。

「これはサービスではないですよね。おいくらですか?」
「いえ、無料です。どうぞ。」
そういうと、妹さんは食堂に戻っていった。

 いいんかな。でも、これ、おいしい。たぶん、俺のからだが欲していたみたいだ。よく、わかったな。ちょっと、感動を覚えてしまう。

 こんなお客のいない日は、彼女たちはどうしているんだろう。玄関が開いて、カッパ姿のお姉さんが帰ってきた。籠を抱えている。食材の調達かな。俺を見つけるなり、こう言った。

「おはようございます。明日は晴れるみたいですよ。」
「そうですか。今日もお世話になります。」
「はい。ありがとうございます。」

 だけど、一泊、8千円くらいで大丈夫なんだろうか。そういえば、お昼のこと考えてなかった。宿の食事は朝と晩だけ。お昼はどうしようか。
「お昼は一緒に食べましょうね。」
お姉さんが声を掛けてくれた。
「えっ、いいんですか?」
「もちろんですとも。こんな雨の中、外にでるより、一緒に食べましょう。」
「ありがとうございます。」
「いいえぇ。」
いい人たちでよかった。俺、絶対に恵まれているよな。

「お昼は私たちと食べて頂けるので、サービスです。」
「それじゃ、赤字でしょ。払いますよ。」
「心配しないで下さいね。大丈夫ですから。」
本当にいいのかな。
「そのかわり、ざっくばらんに無礼講でいいかしら。」
「もちろん。」
なんか楽しそうな昼食だ。

 お昼は精進料理じゃなく、イタリアンだった。へぇ~、こんな料理もいいもんだ。スパゲッティにピザに野菜サラダ、鶏肉のソテーという感じだった。
「うわ~、おいしそうだ。いただきます。」
「どうぞ、どんどん召し上がって下さい。」
「うん、おいしい。最高ですね。」
「そういって頂けるとうれしいですわ。」

「青山さん、実はね・・・」
「姉さん。」
「ん?なんですか。」
「妹が青山さんのこと、気に入ってるの。」

 えっ、そうなんか。妹さんは、下を向いている。恥ずかしそうにしている。今まで、表情がなかったのがうそのようだ。

「そうなんですか。いろいろ、気を遣って頂いていたんで、気になっていたんですよ。」
「気になっているって。」
「はずかしい・・・」
消えそうな声だった。

「ところでおふたりはおいくつなんですか?」
「レディにそんな・・・無礼講でしたっけ。」
「はい。」
「私たち、26です。青山さんは?」
「俺は32です。」
「なんかもっと若く見えますね。」
「そうかな。」
「自由に生きているって感じですね。」
「まさにその通りです。」
「ふふふ。」

 そんなこんなで楽しい昼食の時間も、あっという間に過ぎていった。俺は昼からも、本を読みながらゆっくりさせて頂いた。何も言わないのに、3時過ぎに妹さんはコーヒーを持ってきてくれた。悪い気はしない。初めは怖かったけど、今は可愛く見える。今までは、単にはずかしかったみたいだけなんだろう。

 次の日、予報通り、天気は快晴。俺はこの宿を後にした。

 数日後、湖のほとりに俺はいた。海と違って、波はあまりない。山々の景色は湖面に映って、いい感じだ。ふと見ると、ひとりの女性がうずくまっている。どうしたんだろう。なかなか動かない。俺は、声をかけた。

「大丈夫ですか?」
「足をくじいたみたいで・・・」
医者の心得なんて全然ないけど、歩けないなら、医者につれていくしかないな。

「歩けますか?」
「だめみたい。」
「それなら・・・」
俺は彼女を抱き上げた。
「えっ」
彼女はびっくりしていた。まあ、スカートじゃないから、いいだろう。

「病院まで連れていきますよ。」
「いいですよ、そんな。」
「あそこに俺のくるまもあるしね。」
俺は彼女をくるまに乗せて、病院を探した。案外、近くに整形外科があるもんだ。運がいい。

「保険証、持ってます?」
「あります。」
「OK。」
俺は彼女を抱き抱えて、病院に入っていった。
看護師さんにあとを頼んで、俺は病院を出た。

 なんか、いいことをした気分で気持ちがいい。俺はまた、湖のほとりへ出かけていった。ここの景色をもう少し眺めていたい。




(つづく)

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