初めて就職するにあたり、自分の住居をどこにするか、実際の物件を見に行っている余裕がなく、不動産屋さんにお願いして決めてしまったのが、運の尽き。オレは2LDKの1室を占有する、今はやりのシェアハウスに住むことになった。2人で住むので、家賃は半額の5万円でいい。リビングと台所、トイレ、お風呂は共同で利用する。
その当時のオレは、結構いい加減だったので、自分の部屋が8帖もあること、シェアハウスで家賃が5万円でよかったこと、共同とはいえ、トイレもお風呂も台所もリビングもあることが気に入って借りてしまった。相手もオレと同じように、今から仕事をするような、オレと同じ年恰好なんだろうと、勝手に思い込んでいた。
オレが引っ越ししてくると、そこには親子連れがいた。
「あら、あなたがそっちの部屋の住人ね。よろしく。ほら、挨拶は?」
「こんにちわ。」
「あ、はい、よろしくです。」
なんで?こんな親子連れがいるんだ?そのお母さんらしき女性とお子さんのふたり。だんなさんと三人か?
「あ、私はシングルなんで、この子とふたりよ。あなたは?」
「オレひとりです。」
「そう、よろしくね。」
オレは荷物を自分の部屋に入れてながら、このシェアハウスは単身者だけと聞いていたことを思い出した。
「あの、この家は単身者だけじゃなかったでしたっけ?」
「そうよ。私もはじめはひとりだったのよ。」
どういうことだ?
「でも、この子が生まれて、たまたまふたりになっただけよ。」
そんなんでいいのか?家族ができたら、引っ越さないといけないんじゃなかったっけ?オレは自分の部屋から、スマホで管理会社へ電話してみた。
「ああ、こういうケースの場合は、そのまま継続利用してもいいことになってますので。」
ほんまにそうだっけ?まあ、オレのプライバシーがちゃんと守られているんなら、いいとするか。このお隣さんは、木ノ内めぐみさんで、お子さんはつばめちゃん3歳だそうだ。オレはというと、北山海(きたやまかい)23歳だ。
就職した会社は町工場で、オレはそこの技術者見習いというわけだ。先輩の技術を、しっかり吸収して一人前の技術者にならないといけない・・・らしい。オレに合う仕事かどうかもわからない。やってみて、合えばそのまま続ける感じかな。
めぐみさんちの朝は騒がしい。本当はもっと早めに起きれば、そんなにバタバタすることもないのだろうけど、朝は結構ドタバタだ。つばめちゃんを保育園に連れていってから、どこかに働きに行っているみたい。オレはそんなに詳しく聞くことをしなかったから、知っているのはその程度だ。
しばらくして、オレは会社というものになれて、平日はだんだんパターン化してきた。基本、自分で食事をつくることはしないので、たいがい会社帰りに外食して帰ってくる。そのまま、自分の部屋に入ったら、用事がない以上、でてくることはない。お風呂もトイレも使用中の札があるので、そのルールを守っていれば、何も問題ない。台所はほぼめぐみさんが利用している。オレが使うことはない。冷蔵庫もそうだ。洗濯機だけは、オレも使う。それぞれの部屋にはベランダがあるので、そこに干せる。若しくは部屋干しになる。
休みの日は、リビングで親子が遊んでいることが多い。
「カイくん、一緒にアイス食べない?」
「あ、ありがとうございます。」
こういうふうにお呼ばれされることは非常に多い。だから、オレもこの親子ととても仲良くなっていった。つばめちゃんもオレにとてもなついている。
「カイカイ、遊ぼ。」
「はいはい、何しようっか?」
「カイくん、ごめんね。せっかくの休みなのに。」
「いや、いいですよ。」
「カイカイ、これする~。」
「オーケー。」
まあ、こんな調子で遊んであげてるから、休みの日の食事は、めぐみさんがごちそうしてくれることが多い。オレはいっつも外食だから、たまの手作りは結構うれしい。いつの日か、オレが結婚して子供が生まれてくると、こんなことが現実になるんだろうな。まあ、その時の予行演習ってわけだ。初めはどうなることかと思っていたが、結構楽しくやれているので、今はこのシェアハウス・ライフを満足している。
ある時、オレはめぐみさんが、見知らぬ男の人と喫茶店で話をしているのを見かけた。多分、デートなんだろう。そりゃそうだよな、めぐみさんだって、まだまだ若いんだし、彼氏がいてもおかしくないだろう。
ところが、それからしばらくして、つばめちゃんがこう言った。
「つばめはカイカイがいい。」
「なんじゃ?」
つばめはオレの首に抱き着いてきて離れない。
「カイカイが一番好き。」
まあ、そう言われて、悪い気がしない。
「カイくん、ごめんね。つばめ、カイカイ、嫌がってるよ。」
「嫌、離れない。カイカイがいいの。」
あとからわかったことだが、めぐみさんが付き合っていた男性とは、つばめが嫌がって、結局、別れたらしい。そうなると、オレがつばめとこんなに仲良くしていると、めぐみさんは絶対結婚できないんじゃないか。このままで本当にいいのかな。
(つづく)