2021年05月08日

短編小説「居心地の良い場所」 第1話


「あの、お願いします。私を助けて下さい。」
いきなりそう言われて、俺は振り返った。

「はぁ?俺?」
「そうです、あなたです。」
「他を当たってくれよ。」
「だって、誰も私を助けてくれないんです。」
「俺だって、いっしょだよ。」
「お願いします。」
こいつ、どう見ても田舎から出てきたって感じの服装で、髪型も古臭い。

「どうしてほしいんだ?」
「何か、食べさせて下さい。」
「はぁ?」
俺はあきれた。こいつは乞食か。初めて乞食なんて見る。まあ、おにぎりでも渡せば、こいつから逃れられるかな。そう思って、コンビニへ歩き出した。

「あっ、ちょっと待って下さいよ。」
「そこで待ってろ。」
俺はすぐそこのコンビニに入ると、おにぎりを2個とお茶を買って、そいつのところに戻った。

「はい、これ食え。」
「ありがとうございます。」
「じゃ。」
「えっ、ちょっと待って下さいよ。」
「まだ、なにかあるの?」
「一緒に連れていって下さい。」
「はぁ?なんで?」
「泊まるところがないんです。」
「で、俺んちに泊まるってか?」
「お願いします。」
何言ってんだ、こいつは?公園かどこかで、寝るんじゃないのか。

「おまえなんか、泊めれねぇよ。」
「お願いします。」
困ったなぁ。今日は彼女は来ないはずだから、まあ、大丈夫でしょ・・・

「ちぇ、早く来いよ。」
「ありがとうございます。」
まあ、これはヒッチハイカーを拾った程度のことだということだなって、自分で納得するしかあるまい。

 俺は自分のマンションまで、10分ほど歩き、エレベーターを待った。
「ここですか?すごい大きな建物ですね。」
「さあ、乗って。」
エレベータに乗るよう、催促したが、なかなか乗らない。仕方がないから、俺が先に乗った。

「これは、いったい・・・」
「早く乗らないと閉まるぞ。」
「あ、はい。」
そいつはまるで初めて乗るかのような驚きを見せた。ド田舎に住んでりゃ、本当に初めてかもな。

「すっごーい、上がっていってるぅ。」
本当に初めてだった。こんなやつもいるんだな。

 俺の部屋は9階、降りると俺の部屋までの距離で夜景が見れる。
「うわ~、すっごーい。きれい。」
「本当に御上りさんなんだな。」
「えっ?」
「どうせ、ド田舎から来たんだろ?」
「まあ、そんな感じです。」

 俺はドアを開け、中に入った。
「入れよ。」
「はい、ありがとうございます。」
俺んちは2LDK。一人用の狭いマンションは嫌いなんで、広めの2LDKだ。
「わぁ~、きれいなお部屋。」
「ここに座って、そのおにぎりを食べな。」
「あ、はい。ありがとうございます。」

 袋からおにぎりを取り出したのはいいけど、なかなか食べない。
「あの、これ、どういうふうに取り出したらいいんでしょう?」
「はぁ?そんなこともわかんないの?」
「まず、これを引き抜いて、②を開けて、③を開けたら、食べれるでしょ。」
「すっごーい、こんなふうになってるのね。」
こいつ、こんなことも知らんのか。本当にド田舎に住んでいたんだな。

 明かりの下で、よくよく見ると、めっちゃ汚れてるやん。こりゃ、掃除せんと大変だ。裸足の足は汚れているし、よく見れば、廊下は足跡がついている。これ、誰が掃除するんだ?俺やんけ。ちょっと、がっくりだ。

 とにかく、こいつが全部食べ終わるまで、待ってやろう。俺って、優しいかも。
「御馳走様でした。とってもおいしかったです。」
「じゃあ、その汚い身なりをなんとかしないとね。」
「あっ、ごめんなさい。汚れましたよね。」
当然だろ。そのまま動くな、頼むから。

「俺は優しいから、お風呂に入れてやる。どうせ、今着ているもの以外に着るものないんだろ?」
「ですね。」
「ちょっと、動かずに待ってろ。」
「はい。」
なかなか素直やん。

 でも、もしかして泥棒だったりして・・・俺は大急ぎで風呂上りに着れそうなものを見繕って、持ってきた。ちゃんと、座っていた。ちょっと、ほっとした。
「これを風呂上りに着てもらう。あ、触るな、汚れる。」
「ごめんなさい。」
割と素直やん。

「ちょっと、待ってろ。風呂、沸かしてくる。」
「はい。」
俺は台所のリモコンをオンにした。
「ピッ!」
「あとは、10分ほどで入れるから。」
「えっ~?なんで?」
「何が?」
「だって、薪とか火をつけてないでしょ。」
何言ってるんだ、こいつは?
「そんなもの、ある方がおかしい。」
「そうなんですか?」
「当たり前だろ。」
俺は、洗面所のところに、服とバスタオルを置いておいた。

「ところでおまえ、どこからきたんだ?」
「よくわからないです。」
「はっ?なんで?」
「だって、私が知っているところが、どこにもないんですもの。」
なんだ?こいつは?やっぱり、ド田舎から来たんだろう。でも、その田舎の名前だけでも聞いてみようっか。

「でも、その場所の名前はあるだろう?」
「ありますけど、・・・」
「言ってみろよ。」
「じゃ、言います。神田です。」
「カンダ?」
「でも、私の知っている神田じゃないんですもの。」
そんなわけないだろ?こいつやっぱりおかしいのかもな。


(つづく)
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2021年05月09日

短編小説「居心地の良い場所」 第2話


「ピー、ピー、ピー」
「なんの音ですか?」
「風呂が沸いた音。」
「ええ?いったいどういうわけなんですか?」
こんなことも知らないなんて、どう考えてもド田舎出身だ。

「最近は全自動なの。」
「そんなことができるんですか?」
「今はこれが普通なの。さあ、こっちにきて。」
俺はこいつを連れて、風呂場に行った。
「どう?ちゃんと湧いてるでしょ?で、ボディソープとシャンプーはこれを使って。コンディショナーはこれ。」
「はぁ?」
「着替えはこっちの籠にいれて、これを着て、バスタオルはこれを使って。」
俺はドアを閉めて、雑巾を取りに行って、さっきの足跡をふき取った。

 ついでに掃除機をかけていると、びっくりしたような顔をして、そいつが顔を出した。
「なんの音ですか?」
「掃除機!えっ?前を隠せ。」
「あ、すみません。」
こいつ、羞恥心ってないんか?こっちがびっくりするやんけ。

 だけど、こんなところを彼女に見られたら、終わっちゃうだろうな。でも、絶対なにもないっていっても、分かってもらえるかな?本当に人助けだもんな。

「あの、石鹸、ないんですか?」
また、素っ裸で出てきた。俺はそいつの方を見ずに、こう言った。
「石鹸の代わりが、ボディソープなの。わかった?」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます。」
こいつ、本当にいかれてるんじゃないかな。

 俺はビールとつまみを取り出して、テレビをつけた。もしかして、どこかにこいつのニュースが流れていないかな?

 しばらくすると、
「うわー、すっごい、これ、テレビっていうんですよね。」
ようやくそいつは俺の思っている通りの服装で、でてきた。

「色付きのテレビなんて、あるんですね。」
「それに、こんな大きなテレビを持っているなんて、よっぽど、お金持ちなのね。」
「こんなん、小さいほうだよ。」
「えっ、なんでこんなに薄いの?」
「だから、普通だって。」
まさか、ブラウン管のテレビしか知らんとか。本当は新手の泥棒かも。

「ところで、名前も年も聞いてないな。」
「あっ、ごめんなさい。私、前田正子(まえだまさこ)、21歳です。」
「なんでそんな若いのに乞食なんか・・・」
「だって・・・」
でも、古臭い名前だな、最近は「子」なんてつけないよな。

「あなたは?」
「俺は田中航(たなかわたる)。」
「30歳くらい?」
「あほぬかせ。26だ。」
「ごめんなさい。案外、若いのね。ひとりで住んでいるの?」
「まあね。」

「で、今日はいいとして、明日以降はどうするつもりなのかな?」
「目途がつくまで、お願いします。」
「あほか!俺はそんな善人ちゃうで。」
「お願いします。」
それで済めば、なんでもOKでしょ。だけど、絶対無理。俺の彼女が明日は来る。

「悪いけど、明日は無理。」
「どうしてですか?」
「彼女が来る。」
「じゃあ、私は妹ということにして下さい。」
なっ、なんと。
「そんなわけにいくか。」
「ご兄弟の話を彼女にしてますか?」
「それはしてないけど。」
「じゃあ、OKですよね。」
こいつ・・・。そんな簡単じゃないぞ。
「それに、家のことは、全部私がします、いいでしょ?」
こいつ、絶対、居座るつもりだ。

「あなたは家政婦を雇ったと思って下さい。お給金はなしでいいです。」
「絶対、俺の彼女には、妹ということにしとけよ。」
「大丈夫、任せて下さい。」
なんか押し切られたような気がする。うまくいくのかな。なんか不安。
今日は仕方がないので、タンス部屋として使っていた部屋に、あまっていた布団を持っていって敷いた。

「私、本当のこと、言いますね。」
「本当のこと?」
「そうです。私は恐らく未来に来ちゃったんだと思います。だって、昭和28年じゃないんですもの。」
「はぁ?昭和28年?」
「そうです、どうなっているんですか?」
「そんなん、俺に聞いてもわからんやんけ。」
「ですよね。いったい、どうなっちゃったんだしょうか?」
こいつは本当に過去から来たのか?昭和28年って、いったい何年前なんだ?

「少なくとも、今は令和元年、その前は平成、その前が、昭和だ。」
「だから、過去から来てしまったんですよ、私。」
あとから調べたことだが、昭和28年に21歳ということは、今では、89歳ということになる。

「わかった。その話はまた今度にしよう。今は俺の妹ということで、話をちゃんと合わせてくれよ。」
「大丈夫です、わかってます。」
俺はちょっと不安を感じていたが、こうなりゃ、今後のことをちゃんと確認しておきたいと思った。

「明日、俺は仕事だから、朝から出るけど、おまえはどうする?」
「部屋の掃除とか、洗濯とかしておきましょうか?買い物はどうしましょう?」
買い物はできるのかな?それに、女物の衣服もいるだろ?余計な出費だ。

「じゃ、これで、自分の服を買って、適当に食事の買い物もしといてくれ。」
「わかりました。」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「任して下さい。ちゃんと、やりますから。」


(つづく)
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2021年05月10日

短編小説「居心地の良い場所」 第3話


 だが翌朝、俺はこいつに起こされた。
「あの、台所の使い方がわかりません。教えて下さいますか?」
「ああ、そうだったな。」
俺は寝ぼけ眼をこすって、台所にいった。

「ここに鍋とかフライパンとかを置いて、これを回すと火がつく。火加減はこれをゆっくり回すと、弱くなるし、最後まで回すと消える。」
「お湯は、このポットに水を入れて、ああ、水はここのレバーを上げればでるから、下げたら止まる。で、ポットをここにセットして、このボタンを押せば、勝手に沸くし、勝手にとまる。」
「すごい、便利なんですね。」
「今じゃ、当たり前なんだけどね。」
「あと、これが冷蔵庫。冷やすものはここに入れる。冷凍が必要なものは、ここに入れるし、野菜は野菜室に入れる。」
「画期的ですね。こんなのがあるんですね。便利になったものです。」
「まだ、4時じゃん、もうひと寝入りしてくるわ。」
「はい、お休みなさい。」
昨日のうちに教えていけば、起こされずに済んだ。あほな俺。

 6時半、起床。よく考えれば、外に出て何かあったら大変だし、お金をまるまま使われるのもしゃくだし、とにかく、外出はやめてもらって、家の中だけにしてもらって、俺は会社へ行った。

 夕方、彼女にLINEで連絡を取った。そしたら、・・・遅かった。まさか、もう俺んちへ行っていたとは・・・

 なんでも、今日は外回りで早めに終わったんで、買い物して、俺んちに行ったらしい。で、自称、妹の正子に遭遇したらしい。大丈夫だったんだろうか?でも、LINEの内容からして、問題なかった感じだ。大筋、そういうことだと分かっていても、実際に彼女に会うまで、ドキドキだ。俺も早めに仕事を終えて、帰途に着いた。

「ただいま。」
俺はかなりドキドキしながら、ドアを開けた。
「おかえり~。」
二人はにこやかに出迎えてくれた。なんとか、うまくいったんだな。かなり、ほっとしたわ。

「今日はほんとにびっくりしたわよ。こんなサプライズだなんて。」
「お兄ちゃんの彼女さんをびっくりさせようと、黙ってたのよね、お兄ちゃん。」
「あっ、ああ。」
そういうことになっているんだ。

「話を聞いたら、着の身着のままで出てきたから、着るものがないっていうじゃない。じゃあということで、二人で買い物に行ってきたの。」
それで、そんな服を着てるのか。

「正子ちゃん、すらっとしているから、なんでも似合うわ。」
「お姉さん、よして下さいよ。」
なんか楽しそう。よかったんだよな。

「んでね、今日は二人で何か作ろうってことになって、こんなに作っちゃったのよ。」
「正子ちゃん、お料理上手ね。」
「やだ~、お姉さんったら。それほどでもないですって。」
「よかったな。」
ちょっと、顔が引きつっている、俺。

 まあ、そういうことで、晩御飯はなんか、楽しく過ごせることができた。
「お兄ちゃんたち、うらやましいなあ、私も彼氏、欲しいなあ。」
「正子ちゃんなら、大丈夫、絶対、いい彼氏ができるって。」
「そうですか?うれしいです。」
「はははは。」

 その夜、俺は彼女を送って行った。
「かわいい妹さんじゃない。あの子だったら、私の妹にしてもいいなぁ。」
「そうか。あんなのでいいのか。」
「そりゃ、男の側から見たら、また、感覚が違うと思うけど、可愛らしいわよ。私、一人っ子だし。」
「そうだったね。」
めちゃくちゃ、褒められてるやん。全然、ボロ出なかったってことだな。

 家に帰ると、すっかり片付いていた。
「お帰りなさい。ばっちりでしょ?」
「ああ、完璧だ。ありがとう。」
なんで、礼を言っているんだ、俺。

「って、本当に居座るんか?」
「いいでしょ。だって、この未来で頼るとこないんですもの。」
「自分の実家に行ってみれば、どうだ?」
「行ったわよ。でも、すっかり変わってしまって、全然分からないんだもん。」
そうりゃそうだろ、何十年もたっているんだからね、って、このままじゃ、本当に居座られてしまう。大体、俺に妹なんかおらんし。

「彼女さん、あかりさんって言うのね、とってもいい人。私も気に入ったわ。」
「もう、それ以上関わるなよ。」
「それは無理よ。だって、お兄ちゃんの彼女さんだもん。」
妹気取りになってやがんの。困ったもんだ。

 確かに過去から来たんなら、どこにも知り合いなんて居らんし、うまく、自分の肉親に会えたとしても、信じてもらえんだろう。かと言って、このままだと、いずれ彼女にばれる。その時が、・・・とても恐ろしい。

 だって、あかり以外の女と、ずっと同居していることになるのだからね。なにもなかったと言っても、信じてもらえないだろうし、まず間違いなく、破局を迎えるだろう。そう思うと、やっぱり、出て行ってもらわないとだめだ。

「だけど、そのうち出て行けよ。」
「そんな冷たいこと言わないで。この世界にいる間だけ、お・ね・が・い。」
どんなに頭下げられたって、ぜって~、無理だぜ。でも、しばらく、仕方ないか。


(つづく)
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2021年05月11日

短編小説「居心地の良い場所」 第4話


「しばらくの間だけだぜ。本当にそれだけだかんな。」
「ありがとう、お兄ちゃん。」
「そのお兄ちゃんってやめろよ。」
と、言いながら、まんざらでもない俺、困ったもんだ。

 だけど、あかりの見立てもなかなかだ。正子が見事に変身している。これで彼氏ができなかったら、おかしいと思うくらい、可愛い。

 それから、あかりはちょくちょく遊びにきたけど、妹がいるので、お泊りは遠慮してた。俺の方から出向かなくっちゃならんな。でも、そうすると、正子一人になってしまうし、どうしよう。ってか、そんな心配、必要か?

 だけど、正子がいるおかげで、俺は家のこと、なにもしなくてもよくなった。朝は朝ごはんが出来ているし、晩は晩でちゃんと、食事を作って待っててくれる。掃除や洗濯も全部完璧だ。確かに、家政婦を食わせてやって、住ませてやって、その対価にしては、あまりある。

 対外的には妹なんで、何も問題ない。よくよく見れば、とっても可愛い。不機嫌になることもないし、いつもにこやかにしていてくれるし、本当に問題ないよな。

「でもさぁ、そんだけテキパキといろいろやってくれると、時間余るだろ?」
「うん、まあ、テレビもあるし、買い物もいけるし、ついでにウィンドショッピングもできるし、結構、未来を楽しんでるわよ。」
「そっか、ならいいんだけど。」
「どうしたの?心配してくれてんの?」
「いやいや、そんなんじゃない。」
「怪しい~。でも、うれしいわ。心配してくれて。」
「そんなんじゃないって、言ってるだろ。」
「いいの、いいの。」
なんか、いつも正子のペースにやられてしまってる気がするな。

 次の休みに、正子の買い物に付き合うことになった。まあ、そんなに着る服があるわけじゃないし、多少、買ってやるか。だけど、下着は自分で買ってくれよ。
「いっしょに出かけるのって、初めてね。なんかうれしい。」
「おまえの買い物に付き合うだけだからな。」
「わかってるって。」
「じゃあさ、上下、買いに行こう。」
「えっ、買ってくれるの?ほんと?」
「おまえ、あんまり、着る服ないだろ?もうちょっとくらいなら買ってやるからよ。」
「うれしい。」
そういうと、俺に抱き着いてきた。柔らかい胸に、ちょっと、ドキッとした。いかん、いかん、俺には彼女がいるのだ。

 俺の趣味だけど、正子にいろんな服を着させて、似合っているものをチョイスした。正子もそれが気に入って喜んでいた。
パンツとか、ジーンズとか、スカートも買った。
「結構、買っちゃったね。大丈夫?」
「問題ないさ。」
「ありがとうね。」
正子の、うれしそうで申し訳なさそうな顔がなんとも可愛かった。いやいや、俺には彼女がいるんだ。

「お腹減ったな、何か食べに行こう。」
「ほんと?うれしいなあ。」
女の子なら誰でも大好きなスィーツのお店に入った。

「うわ~、おいしそう。どれにしようかな?」
「なんでも、好きなの食べていいよ。」
「ほんと?うれしい。」
正子のうれしい顔は、本当に可愛い。

「じゃ、これとこれとこれ。」
「そんだけでいいんか?経済的なやつだな。」
「だって、そんなに食べれるかわからないもん。」
「わかった。」
俺もいくつか頼んで、空いているテーブルについた。

「未来って本当に自由でいいわね。」
「正子のいた時代は、どうだったんだい?」
「食べるものがなかったから、生きるのが大変だったわ。」
「そっか。俺たちは戦後の日本を知らないからな。」
「まあ、仕方ないわよ。日本はそれだけ裕福になって、発展したってことだから。でも、これ、最高に美味しいし、甘いし、最高。」
正子の喜ぶ顔を見てるとほっこりするなぁ。また、連れてきてやろう。

 家に帰ると、正子はすぐに新しい洋服に着替えて、鏡に映る自分の姿をみて、うれしそうにしていた。
「ねえ、見て見て。似合う?」
「ばっちりだ。」
「よかった。」
「そうだな、この引出しを空けるから、正子が使っていいよ。」
「うわ~い、ありがとう。」
そういうと、また、俺に抱き着いてきた。柔らかく、良い匂いがする。俺、もしかしたら、完全にやられちゃったのかも・・・いかん、いかん、俺には彼女がいるんだ。


(つづく)
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2021年05月12日

短編小説「居心地の良い場所」 第5話


 営業の出先であかりとうまく待合せをして、お昼を一緒に食べた。
「ワタルの妹、本当に可愛いよね。」
「そうかな?」
「でも、いつまで居るの?」
「特に決めてないけど。」
「ふう~ん、決めてないんだ。」
「あいつもたまには、兄貴と居たいって言うもんだから、そのままにしてるけど。」
「そうなんだ。ふう~ん。」
「なんだよ、問題ある?」
「だって、ずっと居たら、ワタルと二人だけになれないじゃん。」
「そうだよな。じゃ、今度、俺がおまえんちに行くよ。」
「ほんと?来てくれる?」
「ああ、行くよ。」
「初めてね。待ってるわ。」
と、いうことで金曜の夜に彼女の家にいくことになった。

「あのな、明日は出張で帰りは明後日になるけど、ひとりで大丈夫かな?」
「出張なの?でも、ひとりでも大丈夫。いってらっしゃい。」
「おお、じゃ、留守の間、頼むぞ。」
「任せて。」
彼女の家にお泊りにいくのに、なんで出張なんて言ったんだろう?ちょっと、気が引けた。

 俺は会社の帰りに、ワインを買って、彼女の家に向かった。
「俺、ワタル。」
ドアホーン越しにそう言った。
「ちょっと、待ってね。」
しばらくすると、彼女がドアを開けてくれた。

「これ、お土産、一緒に飲もう。」
「あ、ありがとう。ワインね。」
「お肉料理って言ってたから、赤にした。」
「助かるわ。さ、入って。」
「お邪魔します。」

 そういえば、付き合ってから初めての彼女の部屋だ。もう、1年になるなか。だいがい、俺の部屋に来るパターンだったから、ここに来るのは本当に初めてだ。

「いい部屋だね。雰囲気がいい。」
「ありがとう。そこに座って、ちょっと待っててね。」
彼女はテキパキと料理をテーブルに運んでくれた。
「俺も手伝おうか?」
「あなたは座ってて。」
「すまないね。」
「いいのよ。」
たくさんの料理が並んで、ようやく、彼女も席に着いた。

「さあ、頂きましょう。」
俺はワインを開け、彼女のグラスに注いだ。
「乾杯。」
「じゃ、頂きましょう。」
「うん。」
「これ、めちゃ、うまいやん。」
「ほんと、うれしい。」
「正子の料理もうまいけど、こっちも最高だ。」
「そう?」
「こっちも、正子は薄味だけど、なかなかおいしいなあ。」
「ほんと?」
俺は彼女の顔色がだんだん変わってきているのに、全然、気が付かなかった。

 食事が終わって、ソファーにくっついて座って、テレビを見ていた。
「あ、この番組、正子が大好きなんだよな。」
「・・・」

 しまった!俺はやっと、気が付いた。あんまり、正子、正子って、言い過ぎた。
「ワタルは妹、大好きなんだね。」
「いや、そんなことないよ。」
「ここは私の部屋よ。妹のことなんか、言わないで。」
「悪かった。ごめん。」
完全に気分を損ねている。どうすりゃ、いいんだ。

「だいたい、いつまで居るのよ?おかしくない?」
「そんなこといっても・・・」
「ワタルもワタルよ。いい加減に帰れって、なんで言わないの?」
「そりゃ、可愛いけど、私が行くときは、いないでほしいわ。」
「ワタルも妹の話なんか、しないで。」
「そんなに言ってるかな?」
「言ってるわよ。何度も何度も・・・」

 初めは悪かったと思っていたけど、なんか、腹も立ってきた。そんなに言わなくても・・・
「妹は妹なんだから、そんなに言わなくても・・・」
「いやなの。ワタルの妹かもしれないけど、いやなの。」
なんで、妹にそんなにむきになるんだ。

「おまえ、おかしいぜ。今日は帰るわ。」
「勝手にしてよ。」
「ああ、じゃあな。」
俺もカチンときた。もし、本当に妹がいても、あんなに怒るなんて、やっぱりたまらない。なんか、自分が冷めていく気がした。


(つづく)
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