2021年09月16日

短編小説 「一仁の場合」 第1話

 オレは、いつの間にか、貧乏生活が染みついていた。今更ながら、だいたいこんな安アパートなんかあるんか、というくらいのアパートに住んでいる。いくらかって?4帖半一間で、6千円だ。風呂はない。トイレは共同だ。生活に必要なものは、最小限にとどめでいるから、この広さの部屋でも、十分な広さだ。テレビはない。でも友人から譲ってもらったパッドがある。だけどWIFIはない。当然、回線契約なんかしていないので、接続できないのだが、隣の建物のWIFIがフリーなもんで、使えてしまう。ありがたいが、いつ何時使えなくなる分からない。


 この部屋には、冷蔵庫はない。だから、冷やさないといけないものは、その日のうちに消費する。あと、この部屋には、小さな流しが付いているだけだ。ガスなんか使っていないから、この部屋で料理はできない。ただ、電気は引かれている。オレの前に住んでいた人が、電子レンジを置いて行ってくれたので、それは使える。百均で、1合炊きのポットを買ってきたので、レンジでごはんは炊ける。後は、常温で保存できるものを買ってきて、それを食べる。


 着るものは、流しで手洗いする。からだは、濡れたタオルで拭くし、頭は流しで洗える。お湯はコップに水を入れ、レンジでチンだ。そこにインスタントコーヒーを入れたら、ホットコーヒーも飲める。仕事は出荷作業をしている。伝票に書いてある品物を取りそろえ、箱詰めして、出荷棚へ置く。時給千円で1日7時間、週4日働いているから、1ヵ月で11万2千円。でも、税金やら取られるから、手取りは9万円ほどだ。家賃と電気代、水道代でほぼ1万円。残り8万円で暮らす。食費は5万円以内、日用品は3万円以内が目標だ。余れば、貯金となる。まあ、なんとか暮らしていけるから、オレは不自由はしてない。聞くところによると、生活補助を受けている人は、もっと優雅な生活をしているらしい。そうだとすると、オレの生活はどの程度のレベルのもんなんだろうか。


 言い忘れたけど、オレは一仁、簡単な漢字だけど、読める人はほとんどいない。一仁と書いて、「にのまえ まこと」という。オレは高校中退だ。両親はいっぺんに亡くなってしまったので、どうしようもない。中退してからは、ずっと働いている。高校時代の友人が一人だけ、こんなオレと、たまに会おうと言ってくれる。パッドはそいつからもらったんだ。彼は木村雄太(きむらゆうた)。いいヤツだ。オレは今、20歳。オレと同級生だった連中は、みんな大学へ進学していた。まあ、そんなことはどうでもいい。オレには関係のない話だ。だけど、木村だけはオレとつるみたがる。


「なんで、大学の学食で飯なんて食うんだよ。」

「いいだろ、たまには。今日はオレのおごりだしさ。」

「毎回、そんなわけにいくかよ。」

「まあ、そんなに気にすんなってば。」

「気にするわ。」


 なんで、大学の学生でもないオレが、大学の学食で飯なんか食っているんだ。なんとなく、よそ者っぽくて、他の学生の目が気になるやん。そしたら、案の定だ。

「おう、木村、こいつ誰?」

「オレの古くからの友人だ。」

「なんか、臭わんか?こいつ、臭せえぞ。」

オレ、臭うか?

「オレの友達にそんなこと言うなんて、許さないぞ。」

「そんな乞食みたいなやつ、ほっといて、こっち来いよ。」

「今日はだめだ。」

「木村、行ってきていいぞ。オレ、帰るわ。」

「何言ってるんだ、気にするな。」


 木村は木村なりに、オレに大学の雰囲気を味わってもらおうと思ったらしい。でも、そんなん、オレにはどうでもいい。一人だって、何不自由なく暮らしていけるんだから。まあ、誘ってくれる木村の気持ちは、うれしいけどな。


 木村は、オレが女の子と付き合ったことがないので、2×2の食事会をセッティングしてくれた。だけど、うまくいくはずもなかった。

「木村くん、ひどいんじゃない、この人。」

「オレの大切な友人だぞ。」

「だけど、あの恰好はないわ。」

「変に着飾るよりいいだろ。」

「それになんか臭いし。」

そんなやり取りなんか、みんな聞こえてるし。

「木村、オレ帰るわ。」

「ジン、待てよ。」

「ほっときなさいよ、あんな人。」

「なんてこと言うんだ。」


 まあ、オレには女性なんて、これから先も縁がない。木村には悪いが、無理ってもんだ。

「なあ、木村、もう無理にオレを誘わなくてもいいよ。」

「ジン、ごめんな。いつもうまくいかなくて。」

「お前のその気持ちだけでいいよ。それに、オレ、ジンじゃなくて、まことだけどな。」

「まあ、それは、いいやん。」

木村はいいやつだけど、いつも空回りだ。



(つづく)


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2021年09月17日

短編小説 「一仁の場合」 第2話

 ある日、残業が入って遅くなった時のことだ。オレはもうスーパーが閉まっていたので、仕方なしにコンビニで買い物を済ませ、帰途についた。ほんとだったら、スーパーの安売りシールが貼られる時間に会社を出て、格安に買い物できたのにな。とっても残念だ。


 ほどなく、道端にうずくまっている人を見つけた。行き交う人は、誰も知らん顔だ。相変わらず、人はみんな冷たいな。でも、この人大丈夫かな?なんとなく心配になったオレは、声をかけた。

「大丈夫ですか?」

「・・・」

返事がない。オレはその人の前にまわって、かがんだ。女性だ。顔が真っ青だ。うっ、酒臭せっ。


「顔、真っ青ですよ、救急車呼びますね。」

「いえ、いいです。大丈夫です。」

とても弱弱しい声だった。これは、呼ばん訳にはいかんだろ。オレは自分の判断で、救急車を呼んだ。彼女は立つことすらできずに、かがみこんだままだ。


 ほどなく、救急車がきた。

「こちらです。」

「この方ですか?」

「はい、よろしくお願いします。」

「状況は?」

そんなこと言われても、酒臭くて、顔が真っ青なくらいで、それ以上のことはわからない。

「見ての通りです。まともに立てないし、酒臭いし、顔が真っ青なんで、呼びました。」

「わかりました。」

その程度しか、答えられないんだから、聞くなよな。オレはその場を去ろうとしたが、なんでか知らんけど、その女の人がオレをつかんで離さない。えっ、なんで?


「知り合いなら、乗って下さい。」

オレは無理やり、救急車に乗せられて、そのまま病院へ。なんでなん?


 オレは彼女の荷物を持たされ、仕方ないので、廊下の椅子に座って待っていると、看護師さんが来て、こう言った。

「彼女は急性アルコール中毒で、今、胃を洗浄したんで、間もなく意識をもどすと思います。お名前わかりますか?」

「えっ?えっと・・・」

オレは彼女の荷物を開けてみると、サイフがあった。そこからいろんなカードにまじって免許証があったので、それを看護師さんに渡した。


「高村恵子さんですね。この免許証、ちょっとお借りしていいですか?」

「はい。」

って、勝手に言ってよかったのかな。オレは、サイフのカードをしまう時に、保険証もみつけた。

「あ、看護師さん。」

「はい?」

「保険証もありました。」

「助かります。」

これがないと、全額負担になってしまうので、彼女も大変だろう。彼女にとって、オレは渡りに船だ。この際だから、ちゃんと荷物の管理をしてやろうと思った。


 オレは、看護師さんに彼女の病室へ案内された。なにやら、点滴されている。この病院からテクテク帰ってたら、2、3時間はかかるかな。それなら、ここでご飯食べちゃおう。オレはコンビニ弁当を開けて食べた。オレの腹の虫もおさまったし、彼女を見ると、割ときれいな顔をしている。さっき見た青い顔じゃなく、血色のいい顔になっていた。もう大丈夫だよな、きっと。オレは帰ることにした。明日も、仕事だもんな。この病院知ってるけど、やっぱ、遠いな。歩くと、3時間もかかった。もう、真夜中だ。


 翌日、いつも通り、仕事に出掛け、ピッキング作業をしていると、呼び出しがかかった。なんだろうと思って、行ってみると、昨日の女性だ。

「昨日は、ありがとうございました。」

「よかったですね、元気になられて。」

「あとから、看護師さんに言われたんですけど、危なかったみたいです。」

「飲みすぎに注意ですね。」

「はい、で、お礼がしたいんですが、今度の日曜、空いてますか?」

「そんな、いいですよ、気にしないで下さい。」

「私の気持ちです。お願いします。」


 オレは、その彼女の誘いを断りきれなかったんで、今度の日曜に食事にいくことになった。でも、オレ、臭くないかな?ことあるたびに、臭いと言われることを思い出した。自分で匂いをかぐと、そんな臭い匂いはしない。自分は慣れているだけなんだろうな。オレの持っている服のなかで、唯一、ほころびのない、修繕していない服を着ていくことにした。




(つづく)



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2021年09月18日

短編小説 「一仁の場合」 第3話

 約束の場所に着くと、彼女は来ていた。

「私もちょうど今、来たところです。」

「今日は本当にすみません。」

「いえいえ、私の命の恩人ですから。」

そりゃ、大袈裟だろ。だけど、彼女の服装はオレと大違いだ。どんな高級な料理店でも、入っていけそうだ。それに引き換え、オレの服装は、大衆食堂向きだ。


「じゃあ、お店は私に任せてもらっていいですよね?」

「あ、はい。」

さてさて、どんなところに連れていかれるんだろう?と、思ったら、行先はファミレスだった。まあ、それが妥当だろうな。


「ここでいいでしょ?」

「はい、ありがとうございます。」

「お好きなもの、選んでね。」

とは言うものの、あまりに彼女と違ったものを選んだら、問題だろうな。彼女はスパゲッティと1品ものを2つ、注文した。オレも、同じようにピザと2品注文した。


「ところで、めずらしいお名前ですね。」

「ああ、いつもそう言われます。」

「いちって書いて、にのまえって読むなんて、いったい誰が思い付いたんでしょう?」

「私も知りません。」

「で、お名前は人に二で、ジンさんでいいんですか?」

「それも、実は違うんです。でも、友人にはジンって、言われます。本当はまことっていうんです。」

「じゃあ、きちんと読めた人、いないんじゃないですか?」

「はい、未だにいません。」

「こんなに簡単な漢字なのにね。」

「はい、その通りなんです。」


「話は変わりますけど、ひとつお聞きしたいんです。あの日、私はどうしてたんですか?」

「覚えてないんですか?」

「はい、結構飲み過ぎたのは、覚えているんですが、その後どうしたんだか、覚えてないんです。」

「道端に座り込んじゃってました。顔が真っ青になっていたんで、ただごとじゃないと思ったんです。」

「で、救急車を呼ぼうとしたら、いいです、大丈夫ですって言うんですが、全然大丈夫ちゃうやんって思いました。」

「ホントにご迷惑お掛けして,ごめんなさいね。」

「いえいえ、元気になられてよかったですよ。」

「ありがとうございます。」


「で、にのまえさんはおいくつなんですか?」

「私は20歳です。」

「若いんですね。」

「高村さんだって、25、26ってところでしょ?」

「えっ?そんなに若く見えますか?」

「違うんですか?」

「うれしいなぁ。」

なんか、メチャ喜んでる。どうみても、25、26歳ってところだろ。


「本当はおいくつなんですか?」

「まあ、25、26ってことにしておいて下さい。」

そうなると、とても気になるもんだ。いくつなんだろう?でも、まあ、いいか。

「わかりました、いずれにしても、私より年上ってことですもんね。」

「ところで、にのまえくん・・・、ジンくんでいい?」

「あ、いいですよ。本当はまことですけど。」

「ジンくんっていうのは、あだ名でしょ?」

「そうですね。」

「じゃあ、そう呼ばせて下さいね。」

「はい。」


「ジンくんは彼女、いるんですか?」

「いませんよ。」

「そっか。じゃ、私、立候補しちゃおうかな?」

「飲んでます?」

「シラフですよ。」

「マジで言ってます?」

「はい、マジですよ。」


 そういう顔は笑っている。絶対、遊んでる。でも、素敵な笑顔だ。オレは冗談だと思った。

「今まで、誰一人寄ってこなかったのに、高村さん、オレをいじって楽しんでるでしょ?」

「だから、本気だってば。」

「だって、高村さんほど素敵な人に,彼氏がいないなんて思えないでしょ。」

「あらあら、うれしいこと言ってくれるのね。ますます、立候補しちゃうわ。」

オレ、絶対、遊ばれてる。




(つづく)


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2021年09月19日

短編小説 「一仁の場合」 第4話

 食事はお互いのを小皿で取り分け、交換した。こんな食べ方は、オレにとっても初めてだった。お昼だったけど、ワインを追加して、飲んだ。アルコールなんて、初めて飲んだ。オレはすぐに顔にでた。

「あらら、ジンくんは弱いのね。」

「そうですよ、ワインは初めてなんで。」

「えっ、ほんと?」

「ほんとですよ。今までアルコールなんて、飲んだことないですよ。」

「おもしろ~い。」

彼女はとても楽しそうだった。オレは、ワインってこんなものと、初めて知ったのだ。でも、他愛のない話で、2時間以上もファミレスにいた。


「今日はありがとうございました。」

「ちゃんと、帰れる?」

「はい、大丈夫です。」

「ごめんねさいね、ワインなんて飲ませて。」

「いえ、これも大人のたしなみですから。」

「ジンくんって、おもしろ~い。」

「ははは。」

「また、会ってくれるわよね。」

「はい、喜んで。」

「うれしいなあ。こんなに楽しいの、久しぶり。」

「よかったです。オレも初体験させてもらいましたし。」

「初体験?あ、ワインね。」

「はい。」

「じゃ、次は夜、いきましょうね。」

「了解です。」


 明るいうちから、オレは、ちょっと千鳥足気味で自宅に帰った。お酒って、こんな感じなんだ。なんかしらんけど、結構、話が盛り上がったみたいだな。でも、高村さんって、いったいいくつなんだろう。25、26歳じゃないってことはわかったけど、それでうれしいっていっていたということは、多分、30歳くらいなんだろうか?ってことは、オレより10歳も年上じゃん。そんな人が、オレの彼女に立候補だなんて、やっぱり、遊んでるんだろうな。オレ、絶対、遊ばれてるんだな、知らんけど。


 オレはいつの間にか、寝てしまった。目が覚めたのは、それから3時間後のことだった。変な時間に寝てしまったんで、あまりお腹が減ってないけど、晩御飯を買いにいくとするか。その前に喉が渇いたな。オレは水道水をコップ一杯、飲んだ。


 晩の買い出しは、いつものスーパーで安売りを買ってくる。それを食べて、今日の晩はおしまい。オレはなんか知らんけど、高村さんのことが気になって仕方がなかった。だいたい、オレを臭いなんてことは一度も言わなかったし、オレの服装についても、一言も言及しなかった。そんな女子は初めてた。まあ、でも、学歴とか仕事とか、給料の話をしたら、去っていくんだろうな。まあ、オレ、中卒だし、月の給料も10万円ないし、デートいくお金もないんだから、絶対、引かれるだろうな。オレはまた会える楽しみと、自分のことを聞かれたら、終わってしまうだろう淋しさでやりきれなくなった。


 翌日、オレはもう、考えないようにした。今までの生活に戻るんだ。大丈夫、オレにはできる。オレはそう思うようにした。これで、高村さんにどんなこと言われて、去っていかれても、そのシミュレーションができているので、大丈夫。


 約束の日、オレはいつも通りの服装だ。彼女もラフな格好で来た。

「今日は、居酒屋に行きましょう。」

「はい。」

「とりあえず、生中2つ。」

「1杯なら大丈夫よね。」

「たぶん、大丈夫かな・・・。」

「そうだよね、飲んだことないもんね。」

「初体験です。」

「まあ、大丈夫、今度は私が介抱してあげるから。」

「いえ、大丈夫です・・・多分。」

「はい、生中です。」

早い、もう持ってきた。

「じゃあ、まず、一口だけ飲んでみて。」

「はい。」

オレは、一口飲んだ。炭酸のシュワシュワと、苦みが喉をカッと熱くさせた。

「どう?」

「いい感じです。」

「よかった。ゆっくりでいいからね、先に食べましょう。」


 彼女はいろいろ注文してくれた。結構、いろんなものを知ってるみたいだ。オレに、あれは食べれるかとか、これは食べれるかとか、聞いて、注文してくれるから、優しい人なんだなって思った。だが、ついに彼女はオレのことを聞いてきた。

「ジンくんは、20歳って言ったよね。大学行ってないんだ。」

「ですね。」

「専門卒?高卒?」

「いえ、中卒です。」

「めずらしいわよね。なんで?」

「オレが高校の時に、両親が他界したんで、オレは生活のために、高校やめて働きだしたんです。」

「そうだったんだ。ごめんね、嫌なこと聞いちゃったね。」

「いや、かまいませんよ、本当のことだから。」

「で、今、ひとり暮らしなん?兄弟とかは?」

「いませんね。親戚も知らないし、今のところ、身寄りはいませんよ。」

「えっ、そうなの?なんかすっごくドラマチックなんだけど。」

「笑いたければ、笑っていいですよ。」

「ごめん、そんな意味で言ったんじゃないの。」

「まだ、20歳だというのに、激動の人生だったのね。それに、すっごく頑張ってるのね。」

そんなこと、言われたの、初めてだ。なんか、オレ、泣きそう。




(つづく)



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